今までと違うタモキシフェンを飲む様になり、ひと月。何となく体調がすぐれない日が続いています。発熱とかはないけど、倦怠感とからだの軋みゲロー添加物が違うだけなのに、私ってこんなにデリケートだったのかな、、、真顔主治医に相談しても、「そのうちなれると思うよ」と。まあ、慣れなくても飲まないわけにはいかないし、飲むんですけどね、、、。

体調が悪い日が続くと、また悪いことばかり考えてしまう私。

 

そんな中、義両親のこと、、、、。お盆に帰省した時の話です。

義両親はかなり田舎に住んでいます。同じ県内ですが、電車は1時間に一本。のどかで良いところではあるのですが、車がないと不便な所です。で、義父は80歳を過ぎ、義母は80歳を目前に控え、運転免許更新が今年なので、更新するか返納するか、ということをお正月頃からいろいろ話をしていました。自分で言うのは何ですが、かなり義両親に寄り添って考えているつもりでした。どのくらいの頻度でどのように車を使っているか、自家用車以外での移動手段は、行政のサービスは、行動範囲が狭くなることで日々がつまらないという状況にしない為には、、、、などなど。一緒に住んでいないからこそ、想像力を働かせ、義両親が不安にならないように、不便にならない様に、経済的にも支える覚悟でいました。同じく高齢の両親を抱えた友人などにもどうしているか聞いたり、電動自転車を買う用意や、スマホが楽しくなってきたようだったので、wifi環境を整えることなども準備していました。そんな私たちの姿を見ていた子供たちも、「返納したほうがいい」「SWITCHをつないで一緒にゲームしたり、ストレッチしたり出来るようにしてあげようよ」と提案もしてくれました。離れて暮らす娘は「もし、話し合いが難航したら、テレビ電話でつないで。私からも話す」とも言ってくれていました。

 

ですが、、、。

義両親に「何と言われようと免許は更新する。反対するなら縁を切る」と言われてしまいました。

話し合いは、主人が主になっていたので、きつい物言いにカチンときたのかもしれません。

でも。

お正月からずっと話をしてきていましたし、単純に車を取り上げると言うつもりはない、ただ、義父は普段からすぐに居眠りをするし(それで何台も廃車にしてきています)、義母は運動をしないからかなり足腰が弱っている、失礼だけど、思考力の方も「え?大丈夫?」と思う事もしばしば。そんな中で、車を運転することがどうなのか、ということを一緒に考えてきたつもりでした。高齢者の自動車事故のニュースはしょっちゅう聞くので不安で。

「縁を切る」なんて、私は今まで言ったこともないですし、言われたこともありません。独りよがりかもしれませんが、本当に義両親を大切にしてきましたし、出来ることは何でもしてあげたいと思っていました。

 

こんなもんですかね。なんだか、すべてがどうでもよくなってしまいました。私は乳がんが分かった時、考えて考えて主人に迷惑をかけたくなくて「離婚してほしい」と言いました。ものすごく考えました。「縁を切る」なんて、売り言葉に買い言葉であったとしても、言うべきではないと思うし、実際そんなにすぐ出てくる言葉でもないですよね。

主人には兄がいるのですが、田舎ならではの「長男神話」が根強いので、兄夫婦がいれば良いと考えているのかな。兄夫婦には子供がいないから、ゆくゆくはうちの子にいろいろかかってくるのにな、、、と超ネガティブになってしまっています。

 

離れて暮らす次男夫婦という本来の楽な立場でいて良いということですかね。もう義両親が分からなくなってしまいました。ただ、私は嫌われているのでしょう。20年間、私なりに頑張ってきたことが、簡単に発せられた「縁を切る」の一言で、すべて無駄になってしまったように感じています。

 

虚しくて、悲しくて、眠れないお盆休みとなってしまいました。体調最悪で、今日から仕事ですゲロー

 

病気と関係ない話を長々とすみません。

誰にも言えなかったので、少しすっきり照れ

読んでくださり、ありがとうございました。