病院に戻るとみんなが待っていました。
「戻ってこないで外泊できただけで御の字」と言われました。
そして数日が過ぎた頃、主人は近くに転勤させてもらい仕事の合間にきてくれていました。
ほぼ毎日病院に泊まっていた私は疲れていたのでこの日だけ主人に病院にとまってもらい自宅に帰ることにしました。
9時に帰り翌日主人は仕事なので6時に家を出ることに。
お風呂に入り家を出ようかと思うと何件も不在着信が残っていました。
ワイシャツ持ってきてほしいのかな?
なんて思い病院へ急ぎました。
そしてNICU に入るといつもの部屋が暗いまま医師、看護師、主人がベッドを囲んでいました。
なに、なにが起きてるの?
すぐに近よりモニターをみると心拍が60をきっていました。
息子は青白く「あーあー」と苦しそうに…
主人に聞くと朝方急に心拍が下がり薬を増やしても戻らないとのことでした。
それまでは手を繋ぎ一緒に寝ていたそうです。
医師からは危険な状態といわれ、負担にならないようにと鼻から管でいっている母乳も止めとなりました。
それは生きていくための栄養分をとめることになります。
またおそらく点滴からの感染で抗生剤が効かなければかなり厳しいと…
涙をこらえきれませんでした。
もうお別れなの?ゆうちゃん、ゆうちゃん…
その日は3人で過ごし
翌日。
なんと不整脈はありながらも心拍は徐々に戻ってきました。
その代わり次に起きた症状が
"けいれん"
夜主人と付き添っていると手のうごきと顔の表情に異変を感じ看護師を呼びました。
すぐに医師が薬を使用し症状は落ち着きました。
この症状は3回くらい起き原因がわかったのは2日後。
母乳を止めたことで低血糖になっていたのです。
心臓は頑張っており糖分を必要としているため低血糖に。
正常だと80~120ある値が19でした。
それほど心臓、息子は頑張ってくれていました。
そしてけいれんは母乳を再開したことでおさまりました。
あとどれだけ息子と一緒に過ごせるのだろう。
あと何回苦しむ姿を見るのだろう。
いつも不安や悲しみと隣り合わせ。
『息子の死』が怖くてたまりませんでした。