冬休みを終えて寮に戻ったあとの
住人のいなくなった息子の部屋。
その空っぽの部屋のクローゼットから
とっても懐かしいものを見つけました。

生まれてからずっと
手放そうとしなかったちっちゃい毛布。
13年も使っていたのだから
どうしようもなくボロボロです。

匂いだってスゴい涙


けれど落ち着いて考えたら
これが家にあるということは
寮に持ち帰らなかったということ。

持ち帰る必要がなくなったということ。

どんなボロ布でも息子にとっては宝物で
側になければ不安になってしまって
見当たらないと半泣きで探し回った事は
もう過去の事になったのでしょうか。

またひとつ成長を見たと同時に
昔を思い出してしまった私です。




息子は、かなり大きくなるまで
指しゃぶりが止まない子でした。

まだ幼稚園児だった息子の親指は
すっかり荒れてひび割れて
出血までしている有り様でしたが

それでも布団に入って目をつむると
必ず始まる指しゃぶり…
口元がせわしく動くのとは裏腹に
息子の顔はとっても穏やかでした。

日頃どんなに明るく振る舞っていても
のびのびしているように見えても
本当は家の中が辛いのだろうな、と
簡単に察しがつきましたから

私自身は指しゃぶりを止めさせるつもりは
全くありませんでしたし、むしろ
これで少しでも心が落ち着くなら
自然に止むまで待とうと思っていました。


ボロボロの毛布と枕、
それに指しゃぶりが
あの頃の息子の鎮静剤でした。


ところがそれを良しとしない人が
居たのも事実で、そういう人たちは
指しゃぶりを恥ずかしい事だとか
母親の甘やかしだとか決めつけて譲らず

どうして息子がそうなったのかを
考えようとは思わない様子。

指にカラシを塗れなんて言われたことも。
後は包帯をグルグルに巻けとか
絆創膏を貼れとか。
包帯ごとしゃぶっちゃうだけなんですけどね(ノ_-。)


なんて酷いことをって思いましたが
言っている方は無理やり止めさせるのは
むしろ良いことだと思っていたのだから
全く始末に負えませんでした…



当時住んでいた家(パパの実家)では
私は家業を優先するべき嫁でしかなく
問題を抱えている子供のケアを
したくてもできない環境。

子供を抱き上げただけで
さぼっている
遊んでいる
そう言われ子供の前で
糾弾されることもありました。


私もつらくて仕方なく
この時期初めて
お薬の世話にもなりました。


息子は、特殊な家庭環境の中で
母親の不調もあり
それだけでも大変なのに

私の目に触れない形で
怒られたり叩かれたりしていたようで
不登校の芽は幼少の頃から
すくすく育っていたに違いありません。


自分はかわいがられてない子だ


そう息子が感じたとしたらそれは
周りの大人がそうさせたとしか
考えようがない程の毎日でした。

そして、一番責を負うべきなのは
そうと気づいていながらも
思い切った行動に移せない
母親である私だったでしょう。



数年後、限界を感じ家から出た後も
息子の手がすぐ治ることはなく
指しゃぶりは小学校に入るまで
ずっと続きました。

毛布から卒業できたことは
一つの成長を見られたと思えば
とてもうれしいことです。

あともう一つ、これまた13年モノの
枕を寮に連れて行っていますが
これもいつかは卒業するのでしょうね。



毛布を手に、ひとり喜ぶひとときは
私の心の奥に仕舞われた
捨てきれない後悔の引き出しが
開けられた瞬間でもありました。



↑我が家の玄関、春モード♪ネコ大好きの息子が喜んでくれるかな?春休みまで会えないのだから、今やっても早すぎですねあせる



シャボン玉今日もお立ち寄り頂き、最後まで読んでくださってありがとうございました(*^^*)シャボン玉


書けばしみじみ…
マイナスの感情と戦いつつ書かせて頂きました。「たら」「れば」はよくない。これを信条にやって来た私のなかの弱さ。弱いゆえに解決までにかかった時間を、これから取り戻さなければ、ですね。




のぶ子



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