『前科者』
…私が人生でかけられた言葉で一番嫌いな言葉。
地雷と言ってもいい。
失敗をした時、過ちをした時。
一番近くにいるはずの人が、
事あるごとに言ってくる。
『お前は前科者だ』と。
人の顔色を伺うのも、
失敗を恐れるようになったのも、
この言葉が根底にある。
本当はその恨みつらみを描きたいところだが、
そんな面白くない事しても
人生が面白くならないのは
おおよそ四半世紀生きてなくても分かるだろう。
貴方もそうでしょう?
だから『前科者』に真っ向から挑みたい。
でも、エゴもあるので腹いせはいつかしようと思う。
この一年以内にすることを心から誓う。
世の中、なんでも罪になる時代だ。
ちょっとでたコメンテーターの本音が
ぶっ叩かれる時代だ。
無知が無能として一瞬に焼かれる時代だ。
反応速度と威力はかつて科学の実験で
ナトリウムの塊を水に入れた時のよう。
水を撒き散らしながら一斗缶が同じ目線まで
吹っ飛ぶのを校舎の三階から眺めているあの気分だ。
なんとも言えない驚き。
あんな小さな塊がこんなに破壊力持つのかあっ
って感じ。
…脱線は置いといて、
果ては美人も罪。文武両道も罪。
例が大きくてなんともだが、
大きいものからちょっとしたものまで、
まじで悪いことから
大半の人がそう思わない無いことまで
罪に問われる。
『罪』って感覚に幅を持たせた
人の感性罪深え。
失敗して、間違って、時には炎上、爆発して。
罪で出来上がった人間。それが私。
それでいいじゃないですか、
他人の正しさで判断するとおおよそ前科しかない訳ですし。
てか、その前科ないと私が構成されない。
否定の言葉は私を作る材料のヒントになる。
目線の先、夏の日差しに輝いた
へちゃげた一斗缶を忘れない。
しっかり前科者になって、
私になる。