ここ数日心の中にもやっと存在していた事案なんですけどね。
ゲームやアニメ作品の舞台化って、何のためにあるのだろうかと思うのですよ。
どれだけ素晴らしい脚本を作り、どれだけ素晴らしい演出をし、
役者がどれだけ思いを込めてその役に息を吹き込んだとしても、
評価の一部に必ず「どれだけ似てたか」が入ってきてしまう。
「似てた」というのはそのキャラクターの精神性や考え方のことではなく
見た目や声のこと。
物真似をすることで評価が上がる、という事実がどうにも、腑に落ちないのです。
「良かったよね!」の次に来る言葉が「声、声優さんとそっくりだった!」っていうのは、
なんだか………、うん、気持ちはわからなくはないんです。でも、もやっとしてしまう。
これがドラマや映画化であれば、
2次元から3次元への変換に必要なものだから、というか、
画面を通すことによって良くも悪くも「別のものになった」という割り切りが出来るのだけれど、
なぜか舞台化となると3次元ではなく2.5次元扱いになってしまうのですよね。
んー……そもそもが2次元にあまり興味を持てない人間だからもやっとしてしまうのかしら。
その点で、タイバニ舞台の潔さには感動すら覚えるのです。
声の問題を軽々クリアする主演を使ってるだけでもスゲーと思うのに、
再現性なんて気にしてませんよ題材として魅力的だから有意義に使わせていただきますよ、と
アニメファンをかなり無視したキャストスタッフ(しかもハイクオリティな)を持ってくるところがもう。
少なくともスタンスとしては、今後のアニメ作品舞台化の革命
って言っても言い過ぎじゃないんじゃないか、これ、と思わざるを得ない今日この頃です。
そんな、取りとめのない話。









