最近あったほんの少〜し暖かい話をしてみちゃいます
!!!


私の家の周りは空き家が多く、右隣以外の全方向に誰も住んでおりません。
ご近所さんが全く居ない状態なのでごくたま右隣のおばさんに声をかけてもらうとちょっぴり緊張してしまってなんて反応すればいいか迷う時もあって、、

👵🏻「おかえりなさい」
なんて言われたもんなら
私「た、、、ただいまです~」
と語尾がタラちゃんになってしまっていることに気づいて赤面しかけたり。(おかえりなさいへの模範解答は一体なんぞや、、)

右隣のおばさんはとってもあたたかくて。
素敵な旦那様とよく旅行に出かけていたり、お2人で音楽を楽しんでいたり(バイオリンとピアノが好きだと話されていた気がする)とにかく仲良しご夫婦で趣味に没頭していて…本当に理想すぎます。

そんな右隣のおばさんですが実はめちゃくちゃファンキーな方で、、、、、、

とまあ右隣のファンキーカインドおばさんの話はいつかまたどこかでしようと思っています。。。



本題に戻ります!!!!


向かいの家は広くて日当たりも良かったので野良猫が沢山住み着くようになっていました。

夜中になると聞こえる野良猫の喧嘩中の唸り声に興味を示した我が家の猫は部屋の小窓からそっと覗いて(恐らく)ビクビクしていた時もありました。

暖かくて心地の良い日には、家の屋根とその隣に置かれていた小屋の屋根に何も考えていなさそうな中年の猫が何匹も並んで休んでいたり、塀の前を陣取っているボス猫のようなものが何か物思いにふけているように見えました。(猫界にも色々あるんだよな)(分かるぞ)

日曜日14時くらいの優しい時間帯にその景色を家の猫と共にぼ〜っと見つめるのが私の大切な時間でした。

春の夜になれば風に揺られた虫の声に心を躍らせました。
夏の夜になると風鈴の音と共に煌めく小さな星を眺めていました。
秋の夜になると猫たちの背景には泡沫の月が見えました。
冬の夜になれば真っ暗で寂しい景色が広がっていました。


そんな…なんとも言えない、現実的であり幻想的な時間でした。もしかするとこのまま私がいつの間にか消えてしまいそうな美しくて儚いなんらかの映画の主人公になれるのではないかと勘違いしてしまう程、その景色を見つめていた私は間違いなく充実していました。




今ではその家は取り壊され、新しい御家族が引っ越してこられました。

あの猫たちはどこに行ったのだろうか。
新たな家は見つかったのだろうか。
今頃ボス猫が頭を抱えているのではないだろうか。
なんて…ほんの少し寂しかったりもしますが今では子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきて、その様子を優しく見つめているであろうご両親の姿が目に浮かびました。そんな幸せな空間が身近に存在していることに気づき、なんだか嬉しくなりました。


ご近所さんが増えたことにより挨拶をする回数も増えていきます。

「おかえりなさい」
と言われることは自分がこの世に存在していて、その人の記憶に1mmでも自分がいて、何故か生きていることを認められているように感じて、案外と言うより物凄く幸せなことなのかもしれないななんて思ったりもしました。

多分「おかえりなさい」をここまで重く受け止めている人は私以外この世にいませんし、私自身もそこまで深く考えていません。
まあだからとにかくお互い適当に生きていきましょう
ということです。





次は元気よく
「ただいま帰りました!!!」
とでも言ってみようかな。






うん多分言えません。
言えないです。



適当でいいんです。

幸せのハードルを無理にあげる必要は無いと思うのです。
しょうもないことでもなんとなく楽しそうにしてたら意外と幸せになれたりするものです多分。



それでは今日はこの辺で

また会う日まで