日蓮正宗では一月は唱題行を積極的にやろうと推奨している。


私がこの唱題行をやりだしたのはつい最近だ。


正直、朝から五座の勤行やるだけでいっぱいいっぱいだった。


それも、顕正会時代の〝こころ〟でやってしまう。


顕正会時代の〝こころ〟とは、


『やらねば罰が来るからやんなきゃ』ってこと。


そんな恐怖信仰は、本当の意味での勤行じゃない。


観念して御供養を申し上げる、


『今日も頑張ります』と純粋な気持ちでするのが本当の勤行なのに、


七年間の私の勤行は、顕正会時代の心持ちのままだった。


そんな苦しい勤行を七年間やっていた私も偉いっちゃあ偉い、五座だからね、、、。


そしてこころの奥底では『いいことないかなぁ』なんて他力本願な気持ちで御本尊様にむかっていた。


そんなんだからか、いつも疲れていていつも眠くて、マジで信心していない人の方が幸せそうに見えていた。



ところが、『今月は唱題行がテーマだから』と一大決意をして参加したらなんということでしょう!


一日参加しただけでなんとも言えない力が、しかも自分から湧いてくるのを感じたんだ。。。。!




唱題行おそるべし!



唱題行をすることで、御本尊様が大聖人様がなんとかしてくださるのではなく、


自分自身に力をくださる、まさにくださるのだ。




顕正会時代は唱題行に時間を使うなんて私の組織には無かった。


まずは折伏を取れ!困ったときの解決法は折伏!


悩みの解決には折伏!折伏!折伏!!!


そんな指導を先輩から受け、先輩も実践していた。


順番が違うだろう。




これが腑に落ちるのに七年かかるというなんという愚かな私。


ときどき、なんというかわいそうな人達なんだろうと、私の連絡先をブロックした顕正会時代の先輩達のことを思う。