前回のブログからかなり日にちが経ちました。
忘れっぽい私は、ブログを書く場所を覚えられません。
どうしよう。
アルツハイマー型認知症の母を
10年10日介護した経験があり
遺伝をとても心配しています。
私はまだ、認知症になっていられない。
私にはなりたい未来があります。
それは大きく分けると2つです。
1つは、3人の娘たちがそれぞれ仕事をしていて
それぞれ家庭を持ち、
子どもはそれぞれ2~3人いて
3人の内の誰かと同居しています。
朝日が白いカーテンをすり抜けて
ダイニングに日差しを伸ばしていて
私は卵焼きを焼いてきます。
ガステーブルの上では大鍋に入ったほうれん草が茹であがり
蓋がパタパタ音を立てて湯気でキッチンがあったかくなっています。
ガスレンジの中ではピンク色の鮭が
表面はカリカリ、中はしっとりと焼きあがって
鮭の甘い匂いが開け放した戸から廊下を伝って
階段を駆け抜けて二階の各寝室まで届いています。
娘たちが子どもたちと一緒にキッチンにきて挨拶をし
皆揃ったら椅子に座り、みんなで朝食をいただきます。
ある休日。
私、娘たち夫婦と子どもたち。
皆で畑にいって、野菜を取りに来ました。
短い長靴を履いて麦わら帽子をかぶり
まだオムツが完全に外れていない孫たちと一緒に
じゃがいも掘りをしています。
カラカラになったじゃがいものツルを思いっきり引っ張る孫たち。
サラサラな土の中から、ごろごろとツルについたじゃがいもが現れます。
力余って、孫たちがしりもちをつき、みんなが笑っています。
そんな生活が夢です。
旬の食材を自分たちの手で植えて育て収穫して
皆、笑いながら食べています。
じゃがいも、人参、大根、ピーマン、トマト、なす、きゅうり、
枝豆、スイカ、メロン、苺、キャベツ、白菜、ほうれん草、青梗菜、
とうもろこし、長芋、みょうが、シソ、インゲンなど。
これらは両親が健在だった頃、当たり前のように
食べていました。
両親が畑で植えていたから、いくらでも食べられました。
今の時期はとうもろこしや枝豆が毎日、食卓に上がっていました。
「え~。またとうもろこしなの~」
「毎日、ほうれん草あって、飽きた~」って言ってました。
でも
父が急逝し、その日から母にアルツハイマー型認知症のスイッチが入ってからは
畑をする人がいなくなりました。
ずっと会社員をしていた夫(お婿さん)が退職をして
畑と田んぼを継ぎました。
白いÝシャツにネクタイが似合う夫は、周りの方に聞きながら農業をしてくれましたが
両親のようにたくさんの野菜は作れません。
ほうれん草と青梗菜を市場に出荷していました。
だから、夏になって、トウモロコシが食べたくなったのですが
とうもろこしなんて、「買うもの」という感覚が無かったから
お金を出して買うことに抵抗があり、生まれて初めて
とうもろこしを食べない夏を過ごしました。
そして翌年は、どうしても食べたくて、しかたなく
スーパーから6本、購入しました。
その時、なぜか「負けた」気がしたのです。
これまで、自分にとっては「タダ」で食べていたものに
お金を出さなければ食べられないことに対して、悔しかったんです。
きっと、北海道の海沿いの方だったら、
例えば、毎日、海鮮丼や海鮮ちらしが食べられていて
お子様が進学などで都会に行かれた時に
お金を出して海鮮丼を食べた時と同じ気持ちになるかもしれません。
長くなりましたので、続きは次回にいたしますね。
この、書く場所を見つけることができたらですが^^
じゃあまた。
