前書き
この世には、男と女以外に第二の性、アルファ【α】・ベータ【β】・オメガ【Ω】と言うものが存在する。
平凡で八十%以上を占めるβに対し、企業やアスリート、アーティストなどのトップ層はαであらかた占められており、人口の約十%に当たった。
更に少ないのはΩであった。男女ともに、妊娠できる体の機能を持ち、三ヵ月に一度、ヒートと呼ばれる発情期が訪れる。酷いものになると、遠くからでもフェロモンがわかり、それに充てられたαの性犯罪は後を絶たない。
α至上主義の現代で、まさかのΩだと診断されたものの中には、発狂して自らの命を絶つ者、親に隔離されて外に出れなくなった者もいた。αがらみの性犯罪は誘惑した方が悪いと言われ、襲ったαが被害者になる事も決して稀な事では無かった。Ωの幸せは裕福なαのもとに嫁ぎ、股を開き、子をなすことだと言われていた。
現代とは正に、Ωと診断された者には生きずらい世の中である。
序章小田原の地へ
卯月・紫苑美月
ここは青山に本店を構える陽気なイタリアン。
【チャオチャオバンビーノ】
————今一番旬の店————
最近店内で写真を撮るものが増え、店の名物である、中身の選べるクレープ・シュゼットは、インスタグラマー達のおかげで、一躍時の物である。
通常、オレンジ果汁とグランマニエ等の、オレンジの香りのするお酒でソースを作り、目の前で火をつけ、香りを移すクレープのデザートである。
追加料金でバニラアイスやサワークリームもトッピング可能。紫苑の十八番であった。
「おい、紫苑これ食ってみろよ」
「何ですか?シェフ」
「マルコって呼べよ」
一回り以上も年の離れたシェフにそう言われて、紫苑美月は苦虫を噛み潰したような顔をした様な、顔をしていた。
マルコは犬の様にいつもニコニコしている。大口を開けて笑う様は、まるで子供の様であり、この時も紫苑に名前を呼ばれて嬉しそうにしていた。
「お前って不思議な奴だよな」
マルコは不思議な者でも見るように紫苑をみつめた。
「あ、美味い! 」
「だろだろ、チーズ入れたらこのリンゴのシュゼット最高じゃないか? 」
「で何がですか? 」
「————ん?不思議な奴って件か? 」
「ええ」
常に大声を出さない紫苑は、腹のそこから笑っている姿も、顔を真っ赤にしながら怒る様子も、涙ながらに訴える︙︙なんて所も他人に見せた事は無い。
「いや普通、下の名前で呼ばれると、俺は仲間意識がめばえて凄い近い感じがするんだが、例えば同じアルファなら闘争心がわいたり、オメガなら守りたくなったりするんだよ。でも何故かお前だけは名前呼ばれても、そのどちらの感情もわかない。不思議な奴だ」
「褒められている気がしませんね。でも僕、ベータじゃないですよ」
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