おはようございます。
大変ご無沙汰してます。
そして…
寒い、寒い朝です。
さて、
タイトルについてお話しようと思います。
その前に…
今日は私の兄の誕生日。
生きていたら59歳になります。
31歳で亡くなったのでもう28年経ちます。
兄は田舎町の長男ということで、それはそれは厳しく育てられました。
特に勉強、学歴には厳しく、兄も頑張って偏差値を上げ、地元で一番の進学校に入学しました。
でも、大学受験で失敗し、一浪の末県内の私立大学に進学しました。
その頃から父の持病が悪化し、入退院を繰り返し、1年後に父は病死しました。
父と兄は相性が悪く、会話もあまりありませんでした。
そんな兄は、高校生の頃から金銭面で自立していて、親からお小遣いをもらったことはなく、土日はゴルフ場でアルバイトを続け(羽振りが良い時期でチップもかなり頂いていました)、趣味のバイクを買ったり、予備校代も自分で支払っていました。
金銭面でも生活面でも早くから自立していた兄ですが、
一人で全部抱え込んできたため、人に頼る、甘えることを知りませんでした。いや、できませんでした。
結局自死を選びましたが、兄の気持ちを考えると、兄が休む場所だったのかな、と思います。
タイトルに戻りますが、
「自立」とは何か。
ほとんどの方が「ひとりで生きていく力を身につける」ことを指すと思います。
確かにそう思います。
でも、
社会人=一人暮らし
ではないと思います。
自宅から通える範囲だったら実家住まいでも全然オーケーだと思うのですが、
周りは勝手に自立できてない、と決めつけます。
ちなみに、我が家の長男くんは生活費4万円を入れてくれています。
賞与時はさらに追加で入れてくれます。
私はそれだけで十分だと思っています。
お給料からちゃんと生活費を出してくれてるので。
余談ですが…
義妹は社会人になってからも、1回目の結婚生活も、ずっと親から家賃代を送金してもらっていました。
引っ越し代も、私達の結婚祝いも、自己破産にかかった費用も、全部親に出させていました。
上京しても、40歳になるまで親のお金を充てにしていた義妹は、自立したとは到底思えません。
我が家の末娘ちゃんと一緒に公共の勉強をしていた時のことです。
教科書には、自立とは困った時、助けてもらいたい時にちゃんと助けを求めることができる、ことと書いてありました。(覚えてるのは…)
私が思う自立はまさにこのことで、
ひとりで生きていく力<助けを求められる力
だと思うのです。
体の弱い末娘ちゃんがいるからこそ思うんですが、結局人は最後までひとりで生きていくことは難しくて、誰かに頼る日が必ず来ます。
その時にちゃんと手続きができるか。行政に行って相談できるか。
これが理解できれば自立できた、と言えると思います。
亡くなった兄を思い、今日はちょっとだけ後悔し、
末娘ちゃんの将来を願って書いてみました。
長文、失礼しました。