金曜日(10/18)は、定年退職をされた3名と、大阪梅田で食事をしました。

 

会社を辞められたときは寂しかったけど、その後も定期的に食事で集まったり、休みの日は京都や大阪の散策に誘ってくださって、本当に嬉しいです😊

 

一ヵ月前にも食事を誘っていただいたけど、その時はあんまり笑えなくて、

心ここにあらずの状態でした💦

でも、今回は夜景も綺麗で楽しく過ごせて良かったです。

 

私と15歳くらい年齢が離れている方たちだけど、すごく仲良くしてくださって、これからも大事にしていきたい方たちです。

病気になんかならず、ずっと元気でいてほしい。

 

泣いてしまいそうで夫のことはまだ言っていないけど、

そのうち言えたらなと思います😊

 

 

お通夜も告別式も身内のみとしていたけど、夫の友人たち20名ほどが駆けつけてくれた。

 

もうすぐ3回目の月命日だし、当初よりは気持ちも穏やかになってきたので、

遅くなったけど参列してくださった夫の友人たち(代表者だけ)に、お礼のメールを送ろうかなと思って、メール文章を考えていたら泣けてきた😭

 

「みんなのことが大好きだったよ」

「みんなと会う日の朝は、いつも楽しそうに準備していたよ」

「みんなとお酒を飲んでバカ騒ぎするのが大好きだったよ」

 

そういう文章を考えていたら、悲しくなってきた。

まだまだ遊んで楽しんで、もっともっと夫の嬉しそうな顔を見たかった。

私はまだ、ぜんぜん足りていないよ。

 

会う人みんなが「充実した人生だったなぁ」とか、

「人生楽しんだなぁ」と言ってくれる。

 

私もそう思う。

 

夫が亡くなったときから、ずっと思っている私の願いは、

「私は大丈夫だから、そっちの世界で楽しく笑って過ごしてほしい。」

 

たぶん言われなくても過ごしてるだろうけど…

そして時々、様子を見にきてね🥲

せっかくの三連休だったけど、最終日は体調不良でずっと寝込んでしまい、

今日も頭痛が収まらないので、会社をお休みしてしまった。

 

ふと、夫が味わったしんどさや辛さを考えて泣いてしまいそうになり、

何も考えない 何も考えない

無にする 無にする と言いながら涙を引っ込めた。

 

車のドライブレコーダーをやっとパソコンにダウンロードすることができた。

すると夫が映っており、少し声も聞けた。

嬉しい😭

 

手を繋ぐのが好きだった夫。

真っすぐの道路で夫が手を出してきて、

私がその上に手を置いてるのが映っていて号泣😭😭😭

 

マスクしているから顔が全部映っていなくて残念だけど、

私の宝物の一つになりました。

 

またしばらくは見るのが辛くなって封印するかもしれないけど、

残っていて良かった🥲

四十九日を過ぎてから、夫と共通の知り合いたちが声をかけてくれるようになりました。

ちゃんと寝てますか?
ご飯食べてますか?
会社行ってますか?

体調は大丈夫?
心配してます。どうしてますか?
などなど。

そして、外にご飯を食べに連れ出してくれたり、イベントに誘ってくれたりして、いい気分転換ができるようになってきました。

優しい言葉をかけられたりすると泣いちゃうので、私からは夫の話をしないんですけど、ありがたいことにみんな聞いてきません。
でも少しずつ思い出話をしてくれたりして嬉しいです😊

まだ心からは笑えないけど、夫がつないでくれた知り合いたちを、大事にしていきたいなぁと思います。

多分、私が中高生のころのドラマで、

内容はまったく思い出せない「101回目のプロポーズ」。

あんまり面白いと思って見てなかったからなぁ😅

 

武田鉄矢さんがトラックに飛び込んで

「僕は死にましぇん!」

のシーンだけはよく覚えていて、夫の亡くなる数日前から、なぜかこの前のシーンを思い出すようになりました。

 

武田さんがトラックに飛びこむ前のシーンで、浅野温子さんが

「また人を好きになって失うのが怖いの。傷つくのが怖いの。」

って泣くセリフ。

 

私は夫の命のカウントダウンが始まったときから、この言葉が頭を離れなくて、

人も動物も家族も友達も、みんな大切になるのが怖い。

親しくなるのが怖い、何より命が怖いと思うようになりました。

 

実家でも猫を飼っているし、私も飼おうかなと一瞬思ったこともあったけど、

今は到底無理。

夫との思い出や最後が頭から離れなくて、それどころではない。

 

aiboでも買おうかなと思ったら120万円

ずっと、おひとり様のままでいいやと思った今日この頃です…(笑)

昔の話です。

母が胸にしこりができて、手術が決まった日のことです。

 

祖母から電話がかかってきて、

「仏壇の燭台の足が一本折れた。不吉な予感がする。何か起こっているはず。体は大丈夫?」

 

母が言うには、祖母はいつも何かあると仏壇でお告げがあって、

しかもほぼ当たっているとのこと。

 

そのとき、私は子供でしたがすごく驚いたのと、

怖かったのを覚えています。

幽霊苦手~・・みたいな感じの怖さです(笑)

(子供だったので)

 

今は、祖父と祖母の「愛」だな~

って思ってます。

 

お線香の火が消えるまで毎日手を合わせていた祖母ですから、

祖父のお告げをしっかりキャッチできていたんですね。

 

果たして、私は夫のお告げを察知することは出来るのだろうか…

自信ないなぁ😅

 

今はもういませんが、私は母方の祖母が大好きでした。

祖父には会ったことがありません。

母が中学生のときに突然死したそうです。

 

子供のころ、母方の実家へ行くと、朝晩必ず祖母が仏壇に手を合わせていて、

特に夜は仏壇の前にいる時間が長く、

その間、私は寂しく感じていた記憶があります。

 

当時、私は仏壇に手を合わせるということがどういうことか分かっておらず、

私の相手をしてほしくて、わざと近くで遊んだりふざけたり…

 

でも仏壇に手を合わせている間は、話かけても祖母は絶対に返事をしてくれませんでした。

今なら分かります。祖父との大事な時間だったからなんですね。

 

そして現在、私はあのときの祖母と同じように毎日仏壇に手を合わせています。

祖母は線香の火が消えるまで手を合わせていましたが、

さすがにそこまではちょっと…😅

 

祖父の話を聞いておけば良かったな。

祖母が生きていたら、色々と話をしたかったし、聞いてもらいたかった。

相談したかったな。

 

今になって後悔。

少し前のことですが、明日は夫の好きだったパスタを作ろうかなと思い、

ベーコン・しめじ・ピーマンを買いました。

 

夫が亡くなってから、初めて料理しようかなという気になれて、

調子がいいかもと思いながら、意気揚々と食材を買ったけど、

次の日、辛くなって作ることができませんでした。

 

作りたいと思った日に行動しないと、

日によってコロコロ気持ちが変化するんですね。

勉強になりました💦

 

けっきょく、ベーコン・しめじ・ピーマンさんたちは賞味期限がきて、

さよ~なら~…。

 

夫の好きだったパスタや魚貝類、ハンバーグにオムライスにシチューたち、

ずっと食べることが出来ずでいましたが、

(食べる機会がなかったとも言えますが)

 

冷凍庫を整理してたら、夫になんとか食べてもらおうと思って、

最後に作ったシチューを発見。

夫は体調が悪くて口にすることができなかったシチューでした。

 

レンチンして食べてみたら涙が出てきて、

半分くらい食べて、辛くなってポイッと。

 

今は無理でも、いつか食べたくなる日がやってくるでしょうから、

その時までのお楽しみにしようと思います😊

私は「日にち薬」とか「前に進む」という言葉は、死別後は受け入れられませんでした。

 

でも今は、穏やかな時間もあって、

当時(たった2ヵ月ですが)とは明らかに変わってきていて、

これが「日にち薬」なんだなぁと、少しは分かってきたようにも思います。

(こういうのって後から分かるんですよね。)

 

相変わらず頭の中を夫が占領して何度も心が痛くなるし、涙も毎日出るけど、

「夫と過ごした数十年が、そんなたった数ヵ月で立ち直ってたまるかっ!」

って思うようにもなってきて、

頭に夫が出てきたら「ありがとう」って思うようにしました。

それと、じゃんじゃん泣いてやろうって思ったら、

最近は心が少し軽くなったように思います。

 

夫が亡くなったあとに、「立ち直り方」をネットで検索したら、

立ち直りプロセスの中で「諦め」というワードがあったのですが、

そのときは「何だそれ?」って思っていたけど、

私も「諦め」の一歩というやつを歩いてるのかな…?

前に進んでるのかな?

 

う~ん…🤔

よく分かりません(笑)

きっとこれも何年か後で分かるんでしょうね。


だけど、ここ最近の私は「立ち直りたくないっ」て思うようになってます。

夫が可哀想でもっと悲しまないとって思ったり、感謝したり謝ったり、

まだまだ心ゆくまで夫のことを考えて、弔う時間が必要だと思うようになりました。

 

あんなに「早く立ち直らなきゃ」って考えて焦っていた自分が、

まさかこんな考えになる日がくるとは…ですよ😓

 

皆さんが「ゆっくり、ゆっくり」と言ってくださったのが、

だんだんと分かってきたようにも思います😅

 

こんな私ですがこれからもよろしくお願いします。

おしどり夫婦と知られていた、うつみ宮土理さんと愛川欽也さん。

(覚えている人、もう少ないかな?)

 

9年前に愛川欽也さんが亡くなられたときのうつみ宮土理さんの記者会見を、

私はナゼかときどき思い出してしまうんです。

 

記者会見を見たときにうつみ宮土理さんが

「心の中に大きな穴が空いてしまいました。一緒に天国に行ってしまいたいと何度も何度も思いました。」

このとき私はすごく共感してしまい、すぐに夫に同じことを言いました。

 

「もしあなたがいなくなったら、私もうつみ宮土理さんと同じ気持ちになる。」

と伝えると、夫が涙目になり

「そんな嬉しいこと言うな。俺を泣かせるな。」

と言ってくれました。

 

あれから9年たって、うつみ宮土理さんはどうされてるのかなと思って、ふと検索してみました。

愛川さんの1周忌メモリアルを開催したときに、やることが出来てだんだんと元気を取り戻したそうですですが、亡くされたあとの1年間は全然記憶がないそうです。

 

「元気になるためにいっぱい泣いて、ドップリと思い出に浸る時間が必要だった。」

 

確かに必要かもしれない。

私は、夫の「お前なら大丈夫」という言葉通りに早く大丈夫にならないと・・

って思っていたけど全然ならない。

むしろ思い出すだびに辛くて涙してしまう。

 

だけど、これでいいのかもしれないと思いました。

必要な涙だし、夫と一緒になれて幸せな涙だと思うことにしよう。

じゃんじゃん泣いてやる。

 

今回、ブロ友さんがいっぱい励ましの言葉をくれました。

ただひたすらに日常を生きる。

行きつ戻りつ、ゆっくり進む。

2歩進んで1歩下がりながら前に進む。

無になる。

諦めの気持ち。

時薬がまだ効いてない。

向こうでは何の痛みも苦しみもなく楽しく過ごしている。

 

今の私には、ぜんぶが胸が熱くなりました。

本当に感謝です。ありがとうございました😊