今日から自分自身の生い立ちについて書きたいと思います。
昨日も言った通り1988年にこの世に生まれました〓〓
小さい頃の記憶は正直アルバムの中でしか覚えていません〓
ただ一つ、車が大好きだったのを覚えています。
夜寝ない時は父親に抱かれ道路で車を眺めながら寝ていたそうです〓〓
そんな父親も車が大好きできっと父親譲りなのでしょう〓〓
私の家庭は父親、母親、姉、妹で成り立っています!
私が産まれてからは父親は自営業で母親は看護士、世間一般で言う共働きでした。
父親の会社は小さくその当時相当な苦労をしたとききました。
一日の父親のおこずかいは300円。
朝6時から働き9時にいったん帰宅。そこから再び会社に行き夜中に帰宅というリズムだったと言います。
夜ご飯はいつもワカメと白米だけ。
家は朝日が差し込むというぐらいの小さな家だったそうです!
当時父親は23歳ぐらいでしょう。
仕事着も夏服が買えなく、冬服の長袖を肩までまくりあげやっていたそうです。
負けず嫌いで弱みを絶対見せない父親が一度だけ見せた姿。
母親が私にぽろっと話しました。
営業にでて頭を下げつづける毎日。
ひどいこともたくさん言われ、お客も取れない。
そんな中公衆電話から母親の元に、
「ごめんなぁ。お父さん、無理かもしれないよ。」
泣きながらのその言葉に…
母親は。
「何言ってんの!あなたならできる!お母さんは信じてるから!負けちゃダメよ!」
その言葉に父親は
「そうだな!俺にはみんながいるからな!」
それから父親は数ヶ月で個人事業から有限会社までやりとげワカメ生活から脱出したのです。
とまぁ今日はここまで〓〓
昨日も言った通り1988年にこの世に生まれました〓〓
小さい頃の記憶は正直アルバムの中でしか覚えていません〓
ただ一つ、車が大好きだったのを覚えています。
夜寝ない時は父親に抱かれ道路で車を眺めながら寝ていたそうです〓〓
そんな父親も車が大好きできっと父親譲りなのでしょう〓〓
私の家庭は父親、母親、姉、妹で成り立っています!
私が産まれてからは父親は自営業で母親は看護士、世間一般で言う共働きでした。
父親の会社は小さくその当時相当な苦労をしたとききました。
一日の父親のおこずかいは300円。
朝6時から働き9時にいったん帰宅。そこから再び会社に行き夜中に帰宅というリズムだったと言います。
夜ご飯はいつもワカメと白米だけ。
家は朝日が差し込むというぐらいの小さな家だったそうです!
当時父親は23歳ぐらいでしょう。
仕事着も夏服が買えなく、冬服の長袖を肩までまくりあげやっていたそうです。
負けず嫌いで弱みを絶対見せない父親が一度だけ見せた姿。
母親が私にぽろっと話しました。
営業にでて頭を下げつづける毎日。
ひどいこともたくさん言われ、お客も取れない。
そんな中公衆電話から母親の元に、
「ごめんなぁ。お父さん、無理かもしれないよ。」
泣きながらのその言葉に…
母親は。
「何言ってんの!あなたならできる!お母さんは信じてるから!負けちゃダメよ!」
その言葉に父親は
「そうだな!俺にはみんながいるからな!」
それから父親は数ヶ月で個人事業から有限会社までやりとげワカメ生活から脱出したのです。
とまぁ今日はここまで〓〓