「普通」に生活しているつもりだ。
普通に授業を受けて、普通にノートをとる。
普通に友人もいるし、人間関係も普通。
遅くもなく早くもなく帰って、普通に夕飯を食べる。
いたって普通の生活のはずだ。
しかしなぜだろう
夜、ふとした瞬間に、妙に哀しくなる。
もうずいぶん前からだ。
正直、「普通」であることに、かなりの負担を感じる。
これもずいぶん前からだ。
もしかすると、僕の言う「普通」は、実は普通じゃないのかもしれない。
じゃあ、今まで普通だと思っていた僕の「普通」とは何だったのか
最近、鏡を見るのが嫌になった。
特に顔や体に変化があったわけじゃない。
鏡の前に立ち、自分を見るのが純粋に嫌になった。
こんな風に憂鬱な気分になるのは、一種の癖だ。自分でもわかっている。
一週間もすれば、特に晴れた日なんかに、不意に気分は晴れて、また頑張ろうと思えるようになる。
たぶん、この癖は、ある域を超えると病気になる。
毎回の悲観的思考のせいで、一種の回路が脳に形成されてしまうんだろう。
「繰り返し」が脳に与える影響は大きい。周知の事実だ。
そんなことは浪人中勉強面で身をもって感じた。
「東大に受かったなら」
そんな思考の繰り返しがいまだに後を引いているのも事実だ。
この思考のループから抜け出せなかった人々は、たくさんいるはずだ。
憶測で物を語るのはよろしくないが、それは膨大な数字となってメディアに取り上げられ、世間の話の種にされるのかもしれない。
青年期には、こういう憂鬱はつきものだ。
とはいえ、僕も今年度で成人する。
二十年生きてみても、はっきり確信を持てることなんかひとつもない。
残りの四分の三で、一つぐらいは見つかるのだろうか