年明け早々に「巨星墜ちる」の報に接した。
半藤一利と安野光雅逝去の報が年明け早々に相前後して流れた。二人共愛して止まない作家であり、
画家であったので、胸にぽっかり大きな穴が空いたような喪失感に震えた。
半藤一利を初めて読んだのは「日本のいちばん長い日」だった。終戦の詔勅「玉音放送」が放送される
までの24時間をドキュメンタリー風に書き下ろした著作だが、その緊迫する状況を手に汗を握って読んだ事が忘れられない。これは半藤一利が文芸春秋社の編集者時代の処女作だったが、書き上げて大宅
壮一の処に持ち込むと、本名では売れないだろうと、最初は大宅壮一〈編)として出版され、認知された後に改めて半藤一利(著)として再出版された由。
隅田川の向こう側(下町)に生まれ育ち、大学時代は隅田川でボートを漕ぎ、漱石の孫娘と結婚し、卒業後は文芸春秋社で編集者として努めて編集長、専務まで進み、その後文筆活動に専念する。
「私の昭和史、隅田川の向こう側」、「昭和史戦前編、戦後編」、「ノモンハンの夏」、[聖断」等々、昭和史関連の著作が多数ある。特に、菅内閣によって学術会議から締め出された東大教授加藤陽子との対談集「昭和史裁判」は味わい深い作品である。
洒脱な柔らかい語り口の文章で、透徹した眼差しで書き下ろした「昭和史」に魅了された。
安藤光雅は素朴で透き通るような水彩画を描き、観る者を心から癒してくれて見飽きる事がない。
司馬遼太郎の「街道を行く」に添えられた素晴らしい挿絵は忘れえない印象として残っている。
いつか津和野を訪ねた折に「安藤光雅記念館」で買い求めた「絵本平家物語」や「安野光雅の世界」を今も大事に所蔵している。
大好きな作家や画家の訃報を聞くのは真に辛く残念でならない。 合掌。
