最近疑問に思うのは、
なぜ人を殺してはいけないのか。
法律がなければ殺していいの?
他人の人生を奪う権利はないなら
どうして同じ動物を殺して食べているの?
ずっとずっと深く考えていたけど
結論は出ない。
矛盾の中で生きているから。
だから宗教というものが存在したりしているのではないかと。
一人一人が自分の中で線を引いて
生きていかなければいけない。
矛盾の中で生きていくしかない。
人を一人殺してしまうと
止められなくなったりする殺人犯がいるように、
今まで自分が決めていた一線を越えると
正義も何も通用しない。
そもそも正義なんて
人間が作っている集団の中で、
"ある意見"が多い方が正義になるのだから。
だから結局人を殺してもいいのでは、
となる。
それは自分が作っている
自分という人間の中で
それをしていいのか良くないのか
自分で考えなければならないと思います。
あくまでも私は矛盾の世の中で
生きているけど、
私の中で決めたことは
どんな理由でも人間という、自分と
同じ動物、感情を共有できるような、他の動物では持っていないようなものを持っている人間の人生を奪ってはいけないこと。
結局
善と悪の定義はないと思うし
天国と地獄の定義もないと思う。
現にあるその基準は
人間たちが定めたものではないかと。
私たちは矛盾の中で葛藤して生きている
そうするしかないんです
殺人をしたら罪が問われるけれど
加害者本人は罪だと認識していないとしたら
その人に私達が"殺人は罪"だと教えても
それはただの意見の押し付けに過ぎない。
まあでも"殺人は罪"っていう正義の基盤が作られてしまっている社会に
存在してる以上は殺人はダメなことなんだと思います。
しかもその基盤の上で生活していなかったとすれば、
人の根本的な喜怒哀楽の感覚さえ
上手くつかめないんじゃないかと。
そう考えると法律って本当に大事。
法律は権力を縛るものとしてあるけれど
それを変えようとしている社会が
だんだん生まれてきて
もしかしたらないのかもしれないし、
もしかしたらあるのかもしれないけど、
権力が法律より勝ってしまった時に
いつか今まで掲げてきた善悪の定義も
何か変わってしまうのかもしれない。
そうなった時には
やっぱり自分を持っていないといけないし、
判断力や知能なんかを充分に兼ね備えている必要があると思うのです
テレビやネットで観て聴くだけで
スッと頭に入って鵜呑みにしてしまうほどの
空っぽな脳みそな自分ではありたくない、
と最近思います。


























