2人目の妊娠が分かってから今までより一層長女にしっかりして欲しいと思うようになった
それが歪みの始まりだった。


私の母は19歳で私を産みシンママで育てた。
実年齢も若かったけど見た目がそれ以上に若かったから親戚は勿論
街ですれ違った見ず知らずの人にまで
『子供が子供を育てるなんてままごとじゃないんだ』
と言われていた
世間の冷たい目は幼い私でも分かるぐらいだった
母は私を甘えん坊にならないように、しっかり者に育てなきゃとかなり厳しく私を育ててました
私はそんな母が大嫌いでした

ところが今子供に大嫌いな母と同じように求めてしまっている。
されて嫌だった事を一番良く分かっているはずなのに


私が4歳の時に母は今の父と結婚した。
私は裏切られたと思った
私には母だけだった
同じように母にも私が必要、私だけだと思っていたから
自分でなくて新しい父に向けられる愛情が憎くて仕方がなかった

父は寡黙な人だった
でも自分を曲げない人だった
自分に必要ない物は他の人にとって宝物でも容赦なく捨てる
自分に不利な事は知らぬ存ぜぬで全く耳を貸そうとしない
いつでも自分中心でないといや
いつでも自分は正しい
そんな人だった


私は長女に同じ思いはさせたくなかった
でも今それ以上に嫌な思いをさせてしまっている…
長女が産まれて5日後病院を退院した
でも長女の心臓には小さな穴が空いていて乳の飲みもあまり良くなく通院をしないといけなかった。
それでも1ヶ月くらいすると声を上げて笑ってくれてとても愛想の良い可愛い子だった。
夜中は殆ど起きずに寝てて昼間もそんなにグズグズしたりせず凄く大人しく育てやすかった

半年程して心臓の穴が殆ど塞がったからもう大丈夫だろうと言われてほっとしていた。
その頃2人目の妊娠が発覚した。


私は自分が幼過ぎる事にも気が付かず2人の子供達を育てようと決めていた

2008年6月19日
元気な女の子が産まれた
予定日を丁度1週間超えての出産だった
そんなに大きくなかったのに中々産まれなくて分娩台に上がってから13時間近くしてようやく産まれた
涙が出た。旦那も『良くやったね』と言い喜んでた。
意識が朦朧としていたけどあの瞬間の匂い、長女のパンパンに浮腫んでた可愛い顔は今でも覚えてる
病室に戻る時にベットごと移動して壁にぶつかりまくってたしにひひ
翌日体が痛くて動かない
お腹はぺたんとしているが立つと皮が下に垂れ下がっていてとても醜く誰にも見せれないと思ったあせる
おまけにお腹は空いてるのに何か息苦しくてご飯食べれないしおまたが痛くてドーナツクッション無しでは座れないし…ガーンダウン
でも子供の顔を見るとそんな事どうでも良くなってた




その気持ちは今でも覚えてる…

それなのに私は…