長男が年長になったあたりから、得体の知れない不安感にとらわれるようになり、体調を崩しがちだった私。
現状はというと、ほぼ完治?ではないけれど、症状は落ち着いて、安定した日々を過ごしています。
私が不安障害になった理由は色々あると思うけど、その中の一つに「自分の中で作り上げた理想のお母さん像」が自らを追い詰めていたのかな、とふと思うことがあります。
子供が生まれてから、お母さんってこういうものだよね、っていうものができて、でもそれは自分が無理しないとなれないことだった。
それが出来ない自分に劣等感を感じていたのだと思います。
上の子が幼稚園に入り、いろんな関わりができてから、それは歴然とし始めたのだと思います。私は理想のお母さんになれない、って。
じゃあ私の中の理想のお母さんって、どんな人だ?というと、
社交的で、子供のために役員もバリバリやって、栄養を考えた料理を出して、仕事もちゃんとして、子供にはいつも穏やかで、自分も大事にできる人だったと思う。
いやいや、どんだけ高い理想抱いてんだ!!笑

今なら思わず笑っちゃうけど、その時はそこに気づかなかった。
自分の幼稚さや身勝手さに気づいてしまったあたりから、朝から晩まで、ふと一人になる時間ができると、徹底的に自分を責め立てていました。
人が怖くなり、幼稚園のお迎えや参観日などは薬がないと不安で行けなくなった。
親として当たり前にできるはずのことまでもが出来なくなって、ますます思い描いていたお母さん像からかけ離れていきました。
そんなときに、不思議と出会いがあるもんなんですよね。
キラキラのポジティブオーラなママ友と出会ったことが、私の転機になったのだ思う。
そのママさんと仲良くなって、ある子育てサークルに参加するようになりました。その子育てサークルがただ親睦を深めるためではなくて、もっと人間の本質のことも学びながら、みんなで子育てを見届けていくというものでした。あ、怪しい団体とかではないよニコニコ
その当時はまだ安定剤が手放せない状態だったけど、自分の事例を書くことでそれまでちゃんとしてこなかった物事を客観的に捉えることの練習にもなったし、何かを学ぶということが単純に楽しかった。
私は全てのことが自分のせいだと捉えていたけれど、そこには相手側の問題だってあるはずなんだということがわかったんです。
「変わりたりなら、今やっていることをやめてみよう。そして今やっていないことをやってみよう。」と、グループの中のお一人がおっしゃっていて、その言葉は私の中で強く刺さりました。
まず、私は自分を責めることをやめました。
人と比較することもやめました。
過去に執着することもやめました。
そして、アクションは自分から起こすようにしました。
子供の良いところをみるようにしました。
自分を労わることを楽しむようになりました。

それでもまだ一歩踏み出すには勇気が必要なときは、自分ががやれることをやってみたらいい。

そんなふうに今は思っています。