夕方の雷はすごかった。

近所に何発落ちたんやろかガーン

 

偽善者を死ぬまでやり通せたら善者

 

自分の哲学というか、

自分に対する自己暗示みたいなものキョロキョロ

 

人に親切にするとき。

どう接していいかわからなかった。

お年寄りに席を譲る、病院のお見舞い、どれも苦手やったショボーン



阪神大震災の翌日。

義援隊として避難所に物資を届けた。

物資を降ろしてる時、物陰から30代位のお母さんに声をかけられた。

 

「小さな子供がいるんです」

「内緒で水を一本頂けませんか」

泣きながら手を握られた。

何度も頭を下げられた。



何故ここに来たのか。

本当にこの人達を助けたかったのか。

被害に遭ってない自分が嫌だったのか。

自分の正義感を見せつけたかったのか。

悲惨な現場を見たかったのか。

 

いつの間にか自分も泣いていた。

なんて声をかけたらいいか。

わからなかった。

 

自分は偉い人でも何でもない。

自分が偽善者にしか思えなかった。

罪悪感しか残らなかった。

あの時の事は忘れない。



人に優しくするのは人のため?

それとも自分のため?

今でもわからない。

 

多分、人のために100%じゃないキョロキョロ

だから自分は偽善者だと割り切った。

同時に「死ぬまで偽善者でいられたら善者や」と思うことにした。

 

ひねくれたやり方だが、

堂々と人に優しくできるようになった照れ

照れ隠しにもなったてへぺろ

周りの目も気にならんようになったニヤリ

 

ナイチンゲールみたいに、生涯を人のために生きた人たち。

本当はどんな人だったのかなキョロキョロ