久しぶりにブログを更新します。
自分の気持ちの整理をブログにする事で少しでも出来ればと思います。
6月23日、告知をされてから8年闘病を続けたオカンが天国へ旅立ちました。
今となっては長かったような、短かったような・・・・
最後の2ヶ月は、まさに闘病でした。。
本当にオカンも親父君も頑張ってくれました。
ありがとう・・・・
オカンが病気で倒れるまで、娘という娘らしい事を何一つやってこなかった私。
向き合う事も、一緒に何かをする事も有りませんでした。
大きい病気一つした事のないオカンが不治の病にかかるとは本当に思ってもいなかった。
最初の頃は、それでも奇跡を信じていましたが、1年も経たず呼吸器装着になった時には、今後の介護の不安とオカンが居なくなるかもしれないという現実を身近に感じ、不安な日々を過ごしていた。
呼吸器を装着してからは、声を失い、ゆっくりと病気が身体を侵食し、本人を励まそうとしても、励ます材料が見つけられず毎日胸が苦しかった。
それでも介護は日々過酷さを増す。
人の手を借りなければ自分自身が倒れると危惧し、出来る限りの申請を行い、何とか在宅介護が出来る状態となりました。しかしながら、夜間の介護を依頼する事は出来ず、日中の仕事との両立が難しくなりました。
オカンの歳と病気の進行から見て、長くても後1年かもしれないと思い、オカンの残りの人生を一緒に歩もうと決意しました。(実際には、その倍以上頑張ってくれました)
介護生活は覚悟していた内容の更に上をいくものでした。
経験しなくては分からない事って、たくさんありますね。
早く病気を治してくれる薬が開発されないかな~・・・
質の高い生活が出来るような環境を整えたいな・・・
ストレス無くコミュニケーションが取れるようになりたいな~・・・
いつまで続くか分からない介護生活の不安。。。
でも、オカンが居なくなるのは、もっと怖い。。。
介護生活は、自分の何十年生きてきた人生の中の一部でしか無いけれど、本当に濃い時間でした。
最期の1週間は、病院に親父君と泊まり込み、もう二人とも体力の限界を感じ始めた瞬間、オカンはそれを見越したように旅立ちました・・・
親父君と私から最期に自然に出た言葉は「もう良いよ・・・オカン・・・有難う」でした。
ぽっかりと大きな穴が開いてしまった私達は、まだまだこれからも色々な葛藤をしていくのだろうけど、オカンとの思い出を大切にしながら生きて行きたいと思います。
葬儀には遠方からやお忙しい方達まで、色々な方達にご参列頂きビックリするくらいでした。
無理してでもお別れに来たかったとおっしゃって頂き、今までのオカンの人生をホンの一部でしょうが感じ取る事が出来ました。尊敬します。
私は出来の悪い娘でしたが、自分はオカンの子供で良かったって本当に思いました。
有難うオカン。大好きでした。
今度会えた時に、ちゃんと褒めてもらえるような人生を歩んで行きたいと思います。
病院にはオカンと同じような病気で苦しんでおられる方達がたくさん居ました。
病気が治る薬が早く開発され、どうか病気自体が無くなりますように。。。
自分の気持ちの整理をブログにする事で少しでも出来ればと思います。
6月23日、告知をされてから8年闘病を続けたオカンが天国へ旅立ちました。
今となっては長かったような、短かったような・・・・
最後の2ヶ月は、まさに闘病でした。。
本当にオカンも親父君も頑張ってくれました。
ありがとう・・・・
オカンが病気で倒れるまで、娘という娘らしい事を何一つやってこなかった私。
向き合う事も、一緒に何かをする事も有りませんでした。
大きい病気一つした事のないオカンが不治の病にかかるとは本当に思ってもいなかった。
最初の頃は、それでも奇跡を信じていましたが、1年も経たず呼吸器装着になった時には、今後の介護の不安とオカンが居なくなるかもしれないという現実を身近に感じ、不安な日々を過ごしていた。
呼吸器を装着してからは、声を失い、ゆっくりと病気が身体を侵食し、本人を励まそうとしても、励ます材料が見つけられず毎日胸が苦しかった。
それでも介護は日々過酷さを増す。
人の手を借りなければ自分自身が倒れると危惧し、出来る限りの申請を行い、何とか在宅介護が出来る状態となりました。しかしながら、夜間の介護を依頼する事は出来ず、日中の仕事との両立が難しくなりました。
オカンの歳と病気の進行から見て、長くても後1年かもしれないと思い、オカンの残りの人生を一緒に歩もうと決意しました。(実際には、その倍以上頑張ってくれました)
介護生活は覚悟していた内容の更に上をいくものでした。
経験しなくては分からない事って、たくさんありますね。
早く病気を治してくれる薬が開発されないかな~・・・
質の高い生活が出来るような環境を整えたいな・・・
ストレス無くコミュニケーションが取れるようになりたいな~・・・
いつまで続くか分からない介護生活の不安。。。
でも、オカンが居なくなるのは、もっと怖い。。。
介護生活は、自分の何十年生きてきた人生の中の一部でしか無いけれど、本当に濃い時間でした。
最期の1週間は、病院に親父君と泊まり込み、もう二人とも体力の限界を感じ始めた瞬間、オカンはそれを見越したように旅立ちました・・・
親父君と私から最期に自然に出た言葉は「もう良いよ・・・オカン・・・有難う」でした。
ぽっかりと大きな穴が開いてしまった私達は、まだまだこれからも色々な葛藤をしていくのだろうけど、オカンとの思い出を大切にしながら生きて行きたいと思います。
葬儀には遠方からやお忙しい方達まで、色々な方達にご参列頂きビックリするくらいでした。
無理してでもお別れに来たかったとおっしゃって頂き、今までのオカンの人生をホンの一部でしょうが感じ取る事が出来ました。尊敬します。
私は出来の悪い娘でしたが、自分はオカンの子供で良かったって本当に思いました。
有難うオカン。大好きでした。
今度会えた時に、ちゃんと褒めてもらえるような人生を歩んで行きたいと思います。
病院にはオカンと同じような病気で苦しんでおられる方達がたくさん居ました。
病気が治る薬が早く開発され、どうか病気自体が無くなりますように。。。



