微笑みの国タイに行ってきたタイ。

金がある時は暇がない。
暇がある時は金がない。

両方揃った時には体力がない。

異国の地で地元飯を食べるとは思わなかったタイ。

地元発祥の台湾まぜそばだが、地元民には
『麺屋はなび』というイメージが強い。

すっかり全国的にも台湾まぜそばが定着してるが、本場バンコクにも逆輸入していた。

タイのため、もっと辛いのを覚悟していたが日本と変わりなかった。

台湾まぜそばの締めの作法に乗り、追い飯もしっかり食べた。

自身鶏がNGのため東南アジア諸国の食事では困ることも多々あるが、バンコクなど都心部(観光地)にはなんでもあるため大丈夫。

そんな今のバンコクをビャッと載せます。

シーロム通り。

オフィスビルや銀行が集まるバンコク最大のビジネス街であると同時に世界的にも有名な歓楽街。

マーケット、バザール、市場が軒を連ね熱きエネルギーを感じる場所。


屋台の食事は日本の食事と比べると衛生的に
劣る。

味は各々感じるまま。

街の雰囲気的を例えるなら色はヤバイ感じで、匂いもかなりヤバイ。

この説明だと俺の頭の中がヤバイということしか伝わらないだろうが、知らない人に説明しても伝わらない。

日本人向け歓楽街ソイタニヤには微妙にずれた発音ではあるが、日本語を話せる人が割と多い。

タイの国技『ムエタイ』を観に地下鉄でルンピ二駅へ。

鍛え抜かれた選手たちの静かな駆け引き、激しいぶつかり合い。

そんかムエタイはもともと国防のための武術だったが、現在では商業的なスポーツや賭けの対象としてタイの人々に親しまれている。

ワイクと呼ばれる試合前の踊りはエキゾチックな雰囲気で感動的。

試合後の選手を見ていたらニュースキャスターからテレビ出演の依頼が。

インタビューに応じながらチャンピオンとニッコリポーズ。

翌日のスポーツニュースで流れたらしい。

ホモじゃないがとりあえず上は脱いどいた。

『アユタヤの遺跡』めぐり。

かつてアユタヤ王朝の都として1350年から417年もの長きにわたり繁栄。

いたる所に仏塔や寺院が点在し、かつての繁栄を偲ばせる。

1991年には世界遺産に登録された場所。

遺跡が過ごしてきた時間をじっくり感じることができる場所でもある。

此処は、16~17世紀初頭には傭兵や貿易商として数千人もの日本人が住んでいたというから驚きだ。 

廃墟となった今も当時の栄華が伝わってくる。

『バンパイン宮殿』
歴代の王たちが夏を過ごした美しい離宮。


『ワット・ヤイチャイモンコン』

巨大な釣鐘型塔がシンボルで仏塔に登ると周囲の街並みが見渡せる。



ワット・マハタート』

謎の寺院『ワット・マハタート』
菩提樹の根に包まれた仏頭や苔むした仏塔が独特の雰囲気を醸しだす。


ウィハーン・モンコンボピット』

タイ最大級のブロンズ仏像で名高い。


チャオプラヤ川ではクルーズ&船上でのタイ料理を楽しんだ。

観光客もいた。


そんなタイはフルーツ天国。

果物の王様ドリアンをはじめ、マンゴーや種類豊富なフルーツが食べ放題。

旅のついでにビタミンCを補給。

いかんせんクッセェ〜が臭いを吸わなきゃ
美味しい。

マッサージ店『maiden』

タイ独自に受け継がれてきたインドのヨガと中国の指圧を取り入れて生まれた『タイ古式マッサージ』

旅の疲れなんて何のその。
タイにいれば王様気分で元気になれちゃう。

エロじゃないです。

ビャっとまとめると、とにかくタイは
面白い。

カレーが辛い。
緑茶は甘い。

日本のお店もたくさんある。
空気が悪い。
車の乗り方が激しい。


野良犬、野良猫いっぱい。

ワンワン、ニャーニャー。

バンコクの街をさまようと屋台と冷えたビールさえあれば人生なんとかなると思えてくるから不思議だ。

男児志を立て郷関を出ず
学もし成るなくんばまた還らず
骨を埋むる何ぞ期せん墳墓の地
人間到る処青山あり

どこで死んでも骨を埋める場所ぐらいはある。

ー人間到る処に青山ありー

こんな感じ。

そしてタイの時計は大概狂っている。

タイで知り合った人達にまた会えるのなら笑顔で声を掛けるだろうか。

微笑みの国ならではの笑顔で。

帰国したばかりだが、パワフルシティにまた行きタイ。

カンボジアにも行きタイ。

ビジネスにおいてもこの地には魅力がある。

コロナショックで経済は大きく落ち込んだが、21年第3四半期時点で、GDPは新型コロナウイルス前の19年同期の95%まで回復してる。

目覚ましい勢いでオミクロン後の復興も始まっていた。国に勢いもあるため目覚ましい復興を遂げていく。

元々この国は観光が国の主要資源のため、渡航緩和が国の経済を回復していくだろう。

個人的な恵方。

豆は投げてないが此処以外ない。