昼さんぽ
になってしまった週末

広島城に足が向かいました


あらっ、何かやっています



そうそう、週末に活動しいる
安芸ひろしま武将隊のライブショーです
丁度始まったところに遭遇しましたよ


一文字に三つ星紋は、毛利家の家紋
一文字は「物事の始まり」
下の三つの丸は
「将軍の星
」と呼ばれた
オリオン座のベルト部分を表しています


戦旗の名前を見てみます
中央:毛利輝元
(祖父が中国地方を下剋上で制覇した
偉大なる毛利元就、
病床で3人の息子に説いた
3本の矢の教えが有名)
左:毛利隆元
(元就の長男、内政に手腕を発揮、
能ある鷹だね、息子が輝元なのか
)
右:吉川元春
(元就の次男、政治・軍事面で活躍し
勇猛ぶりを発揮)
ちなみに、元就の三男は
小早川家の養子になった、小早川隆景
(政務・外交面で活躍、
毛利水軍の指揮官としても活躍)
毛利家一の切れ者の隆景は、
本日は登場しておりません、残念






毛利輝元の方は、扇子裁きが巧みだっ
ワタクシなんか、開くだけでも
両手を使うというのに
鮮やかに、決めてるっ










和装もバッチリ決まっていますね
立ち回りも決まっているし
鮮やかな扇子裁きもお見事でしたっ
何より、声がいいと思いました

曲名は「百万一心」
これを縦書きで書くと
「一日一力一心」と読めるように
「日を同じうにし、力を同じうにし、心を同じうにする」
ということから、
国人が皆で力を合わせれば、
何事も成し得ることを意味する
*****
中央の毛利輝元
は
父隆元が何者かに毒
を盛られて亡き後
11歳で毛利家の当主となり、
祖父の元就は隠居する

勇猛ぶりを発揮した叔父の隆景や元春は
なかなか厳しく輝元に当たったらしい
表では当主に対する態度で接するも
影では叔父として厳しく接していたらしい
*****
祖父と違い、野心のなかった輝元は
信長に敵対視されるも
(なんと、信長が一番手こずった
石山本願寺の一向宗門徒に
兵糧などの物資援助をしたらしい)
戦の最前線に出ることはあまりなかった
信長が本能寺の変で死去し
秀吉の天下になると、尽力を尽くし
豊臣5大老の一人になる

輝元は元来の人の良さから
戦の最前線に立つというよりは
戦の援護に当たることが多く
恩義を得た大名が返礼の品を贈ってきても
戦勝の祝品として贈り物にすると
一切受け取らなかったらしい

「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、
座りしままに食うは徳川」
の言葉通り
関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康の天下となると
西軍の総大将になるも
結局何かしたわけでもない輝元は
関ヶ原の負けを知った後も
領土安堵という徳川家康の約束を聞いてからは
大坂城から退却し、
家康に素直に詫び状を書いて隠居している
ちなみに、輝元を総大将にそそのかした
安国寺恵瓊は石田三成と共に
斬首刑になっている
これだから日本史って面白い
今度、安国寺 不動院に行ってみようっと
(☚どうして世界史を選択したっ
)
*****

あらら、お兄さん

撮影に夢中でごめんね
お陰でたくさんいいショット
が撮れました
感・謝
*****
新設:広島観光PRコーナー

安芸ひろしま武将隊
頑張ってます
(忍び衆が記念撮影
をしてくれました
)
では、また、今度。