お疲れさまです
月曜日は、福岡アジア美術館で開催中の
「誕生120年 イスラエル博物館所蔵
ミラクル エッシャー展」
に行って来ました

コンピューターのない時代に、精密で数学的な作品を版画で作りあげた、「マウリッツ・コルネリツ・エッシャー」
今だに数学者や建築家など、たくさんのクリエイター達に影響を与える「だまし絵」の奇才です

(マウリッツ・コルネリス・エッシャー 1898年6月17日 - 1972年3月27日)
我が輩が中学生の頃、美術の教科書に載っていた「婚姻の絆」は印象的だったなぁ~
(婚姻の絆 1956年)
エッシャーと言えば「だまし絵」ですが、人物画や風景画なども多く残していたみたいです。
(椅子に座っている自画像 1920年)
(カストロヴァルヴァ、アブルッツィ地方 1930年)
元々は、土木技術者の父の影響で建築を学んでいたらしけど、装飾美術の分野で認められて版画の道に進んだそう。
(バベルの塔 1928年)
そして、師メスキータと出会い、木版、リトグラフなどあらゆる技法を身に着けていったみたいです。
(バルコニー 1954年)
いや~
見れば見るほど頭が回る

(描く手 1948年)
現実不可能な建造物
(滝 1961年)
何方向もの重力が、一ヶ所にまとまる異空間
(相対性 1953年)
一つの作品に、いくつもの視点があり、
この異なる図形を一つにまとめる構成力がハンパない

画力もモノクロの世界で光や反射、透明、遠近感もスゴすぎる

(写像球体を持つ手 1935年)
でも一番驚いたのは、これだけの才能がありながらも、ブレイクしたのは、50歳すぎてからだそう

戦争が関係しいるらしい。
(トンボ 1936年)
日本で知られるようになったのは1968年、「少年マガジン」の表紙を飾ったのがきっかけ。
(ベルベデーレ(物見の搭) 1958年)
そういえば「ジョジョ 4部」にもエッシャータッチがあったなぁ~

展示のラストは4メートルの超大作

「メタモルフォーゼⅡ」
(メタモルフォーゼⅡ 1939-40年)
抽象的なものが具象的に変化していく、エッシャー構図の原点です。
(球面鏡のある静物 1934年)
3次元で不可能なことを2次元で可能にする。
言葉にするのは簡単だけど、
ココにたどり着くまで、どれだけの試行錯誤を繰り返したのかな?
(眼 1946年)
自然の景色や、建築物。
皆が普通に「キレイだな~」と思うところ、
エッシャーはどのように見ていたのかな?
(爬虫類 1943年)
そんな事を考えながら、我が輩は作品を眺めていました。
(マジック・ミラー 1946年)
エッシャーは、
「解説や事前知識を持って絵をみてほしくない」
「作品に意味を持たせたくない」
と考えていたそう。
(対照(秩序と混沌) 1950年)
評価は自由
型にはまらない柔軟な思考で、色んな角度から作品を見て、
作品を見た人達、一人ひとりがそれぞれの楽しみかたをしてほしい。
答えは己の中にある。
みたいな事を伝えたかったのかな?
我が輩は、そう思いました。
(上昇と下降 1960年)
たくさんの人達に影響を与えれた事
それがエッシャーの存在意義なのかも。
(昼と夜 1938年)
計り知れないエッシャーの目から見た世界。
それがほんの少し垣間見れただけでも、とても有意義な1日でした。
(自画像 1929年)
現実不可能

「マウリッツ・コルネリツ・エッシャー」の
存分に堪能して来ました
