お疲れさまですニコ

 

 

 

大部経ちましたが、10日の休日に、北九州市立美術館で開催中の、

「ロートレックとベル・エポックの巴里1990年」に行って来ました音譜

 

 

ベル・エポックと呼ばれた、パリが世界有数の大都市として大きく発展した時代キラキラ

 

 

この時代を象徴する芸術家の一人が、

「アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック」

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 1864年11月24日-1901年9月9日)

 

 

14歳で足の成長が止まる障害を抱えながらも、キャバレーやダンスホールに集う人々を描き続け、

当時は新しい色鮮やかな多色刷りポスターを数多く手掛け、グラフィック・デザイナーの先駆者ともいわれる画家ですビックリマーク

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「『ラ・ルヴュ・ブランシュ』誌」 1895年)

 

ロートレックは、鋭い観察眼と的確なデッサン力を持っていたため、他の画家が描こうとしない、動きのあるものを正確に描き出す事が出来たそうです。

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「女性の習作」 1893/1927年)

 

 

躍動感いっぱいのフレンチカンカンの一座のポスター音譜

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「エグランティーヌ嬢一座」 1896年)

 

人気のあった4人組だったそうですが、仲が悪くて間もなく解散したみたい汗

 

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「金色の怪人面装飾のある桟敷席」 1893年)

 

ムーラン・ルージュの人気の踊り子

メイミルトン音譜

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「メイ・ミルトン」 1895年)

 

この作品は、後にピカソの作品の背景に登場しますニコ

 

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「マルセル・ランデ嬢の胸像」 1895年)

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「ディヴァン・ジャポネ」 1893年)

 

当時フランスでは、ジャポニスム(日本趣味)が持てはやされており、ロートレックも浮世絵に大きく影響されたそう。

 

 

室内デザイン会社の宣伝ポスタービックリマーク

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「アルティザン・モデルヌ」 1896年)

 

(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「髪結い:自由劇場のプログラム」 1893年)

 

 

他にも同時代に活躍した画家の作品もニコ

 

(ルイズ=カトリーヌ・ブレスロウ 「オレンジをもつ少女」 1898年)

 

(アンリ・エヴァンポール 「広場にて」 1897年)

 

(アントワーヌ・カルベ 「見知らぬ女」 1897年)

 

(エミール・ベルシュマン 「春の訪れ」 1897年)

 

 

演劇のポスターなどで一世を風靡していたミュシャビックリマーク

 

(アルフォンス・ミュシャ 「サメロ」 1897年)

 

ミュシャのポスターは、町中から剥がされパクられまくったそうガーン

 

(アルフォンス・ ミュシャ 「ノエル」 1896年)

 

数年前に観たミュシャ展は良かったな~ウシシグッド!

 

(アルフォンス・ ミュシャ 「魅惑」 1897年)

 

120年前のフランスのお菓子ラベル

 

(アルフォンス・ミュシャ 「ルフェーブル=ユティルのゴーフル・ヴァニラ」ラベル」 1899年)

 

 

近代ポスターの父と呼ばれたシェレ。

 

パントマイムの宣伝ポスター音譜

(ジュール・ シェレ 「『虹』フォリー・ベルジェール」 1893年)

 

ラルクアンシエル?

 

 

(ジュール・ シェレ 「『19世紀の版画家たち』第Ⅳ巻の扉絵」 1886年)

 

町中を飾る大きくカラフルなポスターは人気を得ますが、家に飾るための小さめのサイズとなって販売されたそう。

 

 

19世紀末から20世紀初めに活躍したフランスの歌手ウジェニー・ビュッフェビックリマーク

 

(ルシアン・メティヴェ 「アンバサドゥールのウジェニー・ビュッフェ」 1896年)

 

冷たい風の中、ポケットに手を入れ、表情が凜としてますグッド!

 

(ルイス・ジョン・リード 「ジェーン」 1898年)

 

背景の美しき花の文様、曲線による太い輪郭線、華やかな装飾。まさにアール・ヌーヴォーウシシ音譜

 

(ルシアン・ルフェーブル 「ミルクココア」 1896年)

 

 

ドガやマネの作品もビックリマーク

 

(エドゥアール・マネ 「ジャンヌ春」 1882年)

 

 

ドガはロートレックにも影響を与えたみたいですニコ

 

(エドガー・ドガ 「お客を待ちながら」 1935年)

 

 

油彩やパステル画も数点ありましたニコ

 

(アンタル・リトゥキー 「微睡む女」)

 

(アンリ・ジェルベクス 「金曜日の宵」 1900年頃)

 

シックなドレスに身を包み、佇んでいる女性が印象的でした音譜

 

 

カラフルな作品ばかりじゃなく、モノトーンも見応えありですグッド!

 

(アンリ・ル・シダネル 「輪舞」 1898年)

 

(アンリ・ファンタン=ラトゥール 「不滅」 1898年)

 

(アルマン・ベルトン 「笑う少女」 1897年)

 

(エミール--アルベルト・アルティーグ 「アルビーヌ」 1898年)

 

(モーリス・エリオット 「春」 1897年)

 

(メアリー・カサット 「マニキュア」 1908年)

 

ラストは、ラウル・デュフィの「電気の精」キラキラ

 

 

(ラウル・デュフィ 「電気の精」 1953年)

 

科学技術に貢献してきた偉人達が時代順に並んだ作品。

 

右端から、アルキメデスから始まりダ・ヴィンチやガリレオ。

最後の方は、エジソンやグラハム、キューリ夫妻もウシシ

 

そして、左端大きく描かれているのが電気の精キラキラ

 

同じ年の万博に出展されたピカソのゲルニカより、こっちの方が人気だったそう笑い泣き

 

 

19世紀末から20世紀初頭のスケッチや雑誌やポスターなど、商業用デザインが多数展示されていて、

庶民向けのせいか、描き方がとにかく自由で面白い!!

 

 

まさにベル・エポック音譜

 

 

華やかで享楽的な雰囲気を楽しんで来ましたウシシ

 

 

でわでわパー

 

 

 

御来店の際には、マスクの着用をお願い致します。

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お疲れさまですニコ

 

 

 

お正月休みに福岡市美術館で開催中の

「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」

に行って来ました音譜

 

 

 

今まで何展かゴッホの絵は見たことあるんですが・・・

 

 

あのベタ塗りが、あまり好きではなくて・・・ほっこり汗

 

 

 

でも、言うてもあのゴッホビックリマーク

 

 

 

これだけゴッホの作品を目にする事もなかなかないので、行って見ようかなとウシシ

 

(フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ 1853年3月30日 - 1890年7月29日)

 

 

ゴッホの画家としての活動期間は、27歳から37歳のたった10年間ガーンビックリマーク

 

 

今では誰もが知っている超大物画家ですが、

生前は知る人ぞ知るかなりマイナーな画家。

 

 

 

有名になったのは、死後18年後

 

 

 

ゴッホの残した作品を世に出し続けた弟テオ、そして弟テオの死後、その意志を受け継いだ義理の妹ヨハンナが奮闘し、徐々に話題となっていきました。

 

 

 

そしてゴッホを有名にした立役者の一人が、今回の展示会もう一人の主役。

のちに世界最大のゴッホコレクターと呼ばれる資産家のヘレーネ・クレラー=ミュラー

 

 

まだ無名のゴッホ作品の魅力にいち早く気づき、多くの作品を購入し公開していきました。

 

 

 

今回は、そのヘレーネのコレクションから、選りすぐりの52点の展示会ですウシシ

 

 

 

では、いざ!!

 

 

 

 

ヒマワリオランダ時代(1881~1885)

 

(風車「デ・オラニエブーム」 、ドルドレヒト 1881年)

 

 

さまざまな職を転々とした後、1880年に画家となる決意をします。

 

(刈り込んだ柳のある道 1881年)

 

 

この頃の作品は、鉛筆、黒チョークなどの素描が多く展示してありました。

 

(スヘーフェニゲンの魚干し小屋 1882年)

 

 

ゴッホは油彩制作のためには素描に習熟することが必要だと考えていたそう。

 

そして、1881年に初の油彩画を描き1883年から本格的に油彩画を始めたそうです。

 

 

油彩画の最初期の作品。

 

(麦わら帽子のある静物 1881年)

 

 

三年近く素描に集中したのち、油彩に着手した頃に描かれた作品。

 

(森のはずれ 1883年)

 

 

この頃は暗い色調が特徴的です。

 

(織機と織工 1884年)

 

 

逆光の人物を描く練習として制作した作品。

 

(テーブルに着く女 1885年)

 

 

最初の本格的作品。

 

(ジャガイモを食べる人々 1885年)

 

 

人物画家を目指していたそうで、沢山の人物を描いていたみたいです。

 

でも1885年9月、モデルを妊娠させたと誤解をうけ、モデルが見つからなくなってしまいます。

 

それにより静物画に集中したそうです。

 

(リンゴとカボチャのある静物 年1885)

 

 

子供達にお小遣いを渡し、鳥の巣を見つけたら自分のところへ持ってこさせていたそう。

 

(鳥の巣 1885年)

 

 

住んでいた牧師館

 

(ニューネンの牧師館 1885年)

 

 

そして、1886年2月、弟テオを頼ってパリに向かいます。

 

 

ヒマワリパリ時代(1886~1888初頭)

 

 

この頃はゴッホの私生活について、分かってない事が多い時代です。

 

(ムーラン・ド・ラ・ギャレット  1886年)

 

 

この頃パリでは、ルノワール、モネ達の「印象派」やスーラ、シャニック達の「新印象派」が台頭。

 

 

ゴッホもパリに暮らす前衛画家達と付き合うようになり、自分の描き方が時代遅れだと感じたそう。

 

 

この頃から作品も明るい色彩になってきます。

 

(モンマルトル:風車と菜園 1887年)

 

 

そして、ゴッホは浮世絵を収集していました。

 

歌川広重の「名所江戸百景」に影響受けたのも、この頃。

 

(草地 1887年)

 

 

シンプルな物に本質を見出す、浮世絵師に憧れていたんだそう。

 

 

影響を受けた印象派風の作品。

 

(青い花瓶の花 1887年)

 

 

店内の壁に自分の作品がかけられている。

オーナーはゴッホとテオの親しい知人かな?

 

(レストランの内部 1887年)

 

(石膏像のある静物 1887年)

 

 

そして1887年11月、

ゴッホを語る上では外すことのできない、後のキーマン「ポール・ゴーギャン」と出会います。

 

 

 

ヒマワリアルル時代(1888~1889)

 

 

ゴッホの才能が開花した時代で、数多くの名作を残した時代!!

 

名作「ひまわり」もこの頃の作品ですビックリマーク

 

 

(夕暮れの刈り込まれた柳 1888年)

 

 

でも、最大の悲劇の時代でもあります。

 

(糸杉に囲まれた果樹園 1888年)

 

 

オランダでの技法、パリでの新スタイル確立や浮世絵研究。

全てが見事に融合されていきました!

 

(レモンの籠と瓶 1888年)

 

 

我が輩の知るゴッホスタイルの完成ですウシシビックリマーク

 

(サント=マリー=ド=ラ=メールの眺め 1888年)

 

(サント=マリー=ド=ラ=メールの海景 1888年)

 

 

そして運命の「黄色い家」を制作。

 

(黄色い家(通り) 1888年)

 

 

ゴッホは、ここを舞台に芸術家達が切磋琢磨し合える「芸術村」を作る事に夢を抱きます。

 

(緑のブドウ園 1888年)

 

これをゴッホは一日で描き上げたそう。

 

 

 

そして、意気投合したゴーギャンも合流し、共同生活が始まります。

 

 

初めは順調だった共同生活ですが、意見の食い違いなどで、だんだんと関係がこじれていきます。

 

 

そして12月23日、あの「耳削ぎ事件」が起きました。

 

 

理由は諸説ありますが、ゴーギャンが「自画像の耳の形がおかしい」とからかったためという説があります。

 

 

こうして共同生活は2ヶ月で終わります。

 

 

 

この事件は新聞沙汰となったそうで、アルルの人達はゴッホを恐がり出したため、この地を離れる事にしました。

 

 

 

ヒマワリサン=レミとオーヴェール=シュル=オワーズ時代(1889~1890)

 

 

1889年5月にサン=レミにある療養院に自ら入院します。

 

(サン=レミの療養院の庭 1889年)

 

 

ここでも作品を制作しています。

 

(療養院の庭の小道 1889年)

 

 

療養院の庭や、付き添いが一緒なら外出許可もでていたため、周囲の風景も描いています。

 

(麦束のある月の出の風景 1889年)

 

アルル時代より色調は抑えられ、この頃から絵に「うねり」がでてきます。

 

ただ、ゴッホは「直接目で見たものを描く」画家のため、当時は「幻覚が見えていたのでは?」と言われています。

 

(夕暮れの松の木 1889年)

 

 

樹の描き方など、沢山の技法を浮世絵から学んだそう。

 

(草地の木の幹 1890年)

 

(善きサマリア人(ドラクロワによる) 1890年)

 

(悲しむ老人(「永遠の門にて」) 1890年)

 

 

アルル時代は「ひまわり」でしたが、サン=レミからは「糸杉」を多く描いています。

 

ゴッホがサン=レミで描いたおそらく最後の作品であり、傑作のひとつ。

 

(夜のプロヴァンスの田舎道 1890年)

 

 

1890年5月に療養院を後にし、オーヴェール=シュル=オワーズに移ります。

 

(花咲くマロニエの木 1890年)

 

 

ここでも作品を制作しましたが、

 

7月27日、

37歳の時、自らを撃ち(他殺の説もあり)、2日後に弟テオに看取られながら他界しました。

 

 

 

その後、弟テオや義妹ヨハンナ、画商や美術評論家によって、ゴッホの作品が世に出ていきます。

 

 

 

 

晩年ゴッホは、「100年以上観賞されるような絵を描きたいんだ」と、語ったそうです。

 

 

実際に死後131年たった今も観賞され続けているので、まさに有言実行じゃないかと思います。

 

 

日本でも明治から大正に変わる頃にファンが増えたそうです。

 

 

ただ、有名になった理由として、

作品のみならず、ゴッホの人生、人柄にも注目されていたのも確かです。

 

 

作品そのものはもちろん素晴らしい。
だけど、「誰がその絵を描き」、「どのように生き」、「どのような想いで描いたか」。

 

 

そこに観た人は共感し、100年経った今でも鑑賞される作品になるんじゃないかと思いました。

 

 

苦悩、孤独、不器用に悩まされながら過ごした37年という短い人生は、100年以上経った今でも語り継がれています。

 

 

初めは好きじゃないと言っていた我が輩ですが、

10年間、必死に無我夢中で描いていたと想うと、作品が胸を打ちました。

 

 

壮絶な人生と重ね合わせられた作品集。

 

 

ゴッホこそ、「人生全てが芸術作品」

 

 

「孤高の天才」に学ばせて頂いた正月休みでしたビックリマーク

 

 

でわでわパー

 

 

 

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お疲れさまですニコ



フージンイーウーの2021年が終了いたしましたビックリマーク

 

 


皆様、今年もお世話になりました音譜

 

 


今年は、10周年という節目ビックリマーク

 

 


沢山のお祝いメッセージ、本当にありがとうございました笑い泣き



2022年も、皆様に喜んで頂けるよう頑張りますので、宜しくお願い致します音譜



まだまだ不安な世の中ですけど、



来年こそは旅立ちたいビックリマーク


仕事に遊びビックリマーク


どっちも一生懸命やっていこうと思いますグッド!



まぁ、どうにか10年やってこれましたが、

どんな事でもポジティブパワーに変えて!!



2022年も過ごして行きますので、



来年も宜しくお願い致します!!



皆様、本当にお世話になりましたビックリマーク



良いお年をキラキラ

 

 

☆☆お正月休みのお知らせ☆☆

1月1日、2日、3日とさせて頂きますニコニコ

 

 

 

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