こんにちは
梶谷久美子です(*^▽^*)
不登校からの出発…
学校へ行かない選択をしたお子さんが歩む『道』も、個性の塊
向かっている先も、カタチも、きっとそれぞれ違うと思いますが、
私達母娘が共に育ちあい、歩む日々が
誰かのお役に立てる事を願っています。
今日も、娘の撮った写真と共に 

今日は、不登校になって約2年半ほど経った娘の最近の体験を元に書きました。
一個人の出来事を物語風に書いたものですので、ご興味のある方のみ 読み進んでくださいm(_ _)m
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【 浄化 】
たとえ私の中の時間が止まったとしても、この世界の時間は流れていく…
その流れに飲み込まれて、吐き出す時を失ったモノは、私の中に静かに溜まっていく…
気がつけば・・・
膿のように私の心に溜まったモノが、感情のセンサーを壊し、「自分」が何を感じ、何を思うのかすらわからなくなってくる。
自分は今、悲しいのかさえも……
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私は今、学校へ行かない道を選び、中学生生活を送っている。
いわゆる世間一般でいう「不登校」になってから、2年半が経ったある日のこと。
私は久々にゲームをした。
それは学校に行けなくなってすぐ、家に閉じこもっていた頃によくやっていたゲームだった。
当初は「ゲームが面白いからする」というよりは『現実逃避』に近い感覚で、ゲームの世界へなんとか入り込めないかと必死になっていた。
ゲームの世界では、私は気楽で自由だった。
自分の中のドロドロとした感情も吐き出すことができた。
あの頃の私には、もう「そこ」しか居場所がなく、現実の世界に戻って来ると…
途端に全ての人や物事に対しての罪悪感が私を襲って来る。
どこにも逃げ場がないのだ。
そんな私の逃げ場所だったゲームの中の世界。
しばらくそのゲームに手をつけていなかった私は、自分がゲーム内に置いてきたモノの存在をすっかりと忘れていた。
今の私は、「幸せだ!」と胸を張って言える。
いろんな人や物事に出会い、そう思えるほどに今は回復してきた。
2年半前のこと…
中学に入学してほどなく、私は「自分が学校に行けない現実」を目の当たりにした。
そんな自分と、学校と、家族と、世間と、戦い、疲れ果て、絶望しかなかったあの頃の私からは想像できないほど、今は明るい世界に生きている。
そんな私の目の前に、突然!ポンっと暗闇が降りてきたのだ。
私は久々に震えた。
心の震えが止まらなかった。
突如、根拠のない不安に襲われ、ただただその場を行ったり来たりする事しかできなくなり、自分が混乱していることに気がつても、どうする事もできなかった。
久々にしたゲーム内で、私は私の中の闇に突然遭遇してしまったのだ。
そう…私がゲーム内に吐き出した闇は、2年半という年月をかけて、再び私の前に姿を現した。
「これもあなたのイチブだよ」
そう言われているような気がした。
わかっている…
だけど、どうしたらいい?
そう混乱している私に、横でうたた寝していた母が気づいた。
「どうしたん?」
眠い目をこすりながら言った母のその言葉に対して、私は妙に冷静で、最初は話すつもりなどなかった。
しかし気がつくと…
今の状況を母に説明しようと、力の限り声を絞り出していた。
1人で抱えるには、心が限界だったのかも知れない。
混乱を必死に抑えながらなんとか吐き出した言葉は、虫食い問題みたいな説明だったに違いない。
だけど母は、少し寝ぼけながらもゆっくりと私の言った言葉を拾い、ひとつひとつ繋げて見せてくれた。
私は頷き、その度に涙があふれた。
「泣く」というより、「叫んでいる」に近いほど、私は湧き出てくる感情をただただ吐き出した。
こんなに感情を表に出したのは 久しぶりなのか…初めてなのか…もうわからないくらい遠くの記憶しかない。
しばらくの間、私は母に抱きしめられながら叫び続けた。
もう永遠に止まらないのではないか?
そう思うほど私の中の感情は、次から次へと湧き上がり、言葉にならない「声」となって外に出ていった。
止まらなかった。
そして…
そのまま母と眠った。
朝、目を覚ますと、そこにはいつもと変わらない母がいて、いつもと変わらない時間が流れていた。
けれど、私の中は少し違っているように思えた。
私の周りを覆っていた薄い膜がなくなったような新しい感覚…
心が少し軽くなったのかも知れない。
そんな気分だった。
今、幸せを感じなから生きている私。
私を理解し、支えてくれる人・共に歩める仲間と出会った私。
そんな今の私なら乗り越えられる。
ゲームの中に置いてきたもう一人の私が、そう思って今、姿を現したのかも知れない。
そして、私が私を信じた通り、自分の闇と向き合い、浄化するチカラを私はちゃんと持っていたのだ。
私が自分の闇と向き合うには、この2年半という時間は必要だった。
(場合によっては、もしかしたらもっと時間が必要だったかも知れない)
あの頃の私にとって、誰も傷つけずに生きる方法が、自分の闇をゲーム内に吐き出す事だったのだ。
そして
母が言ってくれた。
「ゲームの中に吐き出した自分の中の闇を悔やむのではなく、ありがとうって言えばいい。それでいい。どんなに汚いモノを吐き出したとしても、生きていてくれて本当によかった」と。
今の私には、つらい時 一緒に居てくれる人がたくさんいる。
その事に気づくこともできた。
本当に清々しい気分だった。
今、ゲーム内に閉じ込めていたもう一人の私は、朝日を浴びて深呼吸しながら、私の中で大きく伸びをしている。
「おかえり。私のイチブ…」
ゆっくりでもいいから、あの頃の私を守ってくれた「私の全部」に笑顔で「ありがとう」と伝えていこう。。
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最初は母(私)の視点からこの出来事を書きました。
それを読み直して、引っかかる場所の修正をしようと思っていたら…
なぜか全く逆の娘の視点に書き換わってしまい、母視点はボツで全消し 笑
中には当事者にしか伝わらない表現もあるかも知れません。
もしくは当事者だからわからない、第三者から見たメッセージが隠れているかも知れません。
もしかしたらもっと別の視点で、もっとわかりやすく伝えるカタチや言葉があったかも知れません。
だけど、これが今の私達ができる伝え方なのだと思って書きました。
側から見るだけでは、その人の抱えているモノの全てを理解することはできません。
1人の少女が抱えた「不登校」の光と闇を感じてもらえたら…また同じ様な思いを抱えたお子さんと共感し合えたら…嬉しく思います。
私が娘にかける言葉はいつも、自分に必要な言葉だと気づかされます。
だから親は、子どもに問題があると感じるなら、まず自分の中を見つめ直してみる事が大切だと感じています。
自分の中に悲しみや憎しみ、我慢したり否定している事はないか…今一度考えてみるチャンスを作る為に、生まれて来てくれているのだと思います。
大人だから・子どもだからといった様な、「〇〇だから」というものは関係なく、感じること・起こること…すべては自分を中心として世界は回っています。
時間は平等に流れていて、止めることはできません。
だけど、その時間をどう生きるかは、自分次第でどんどん変えていくことができます。
私はそれを、娘を通して教わりました。
いつも私に必要なメッセージを、自分の身をもって伝えてきてくれる娘には、意識的に感謝の気持ちを持とうと心がけています。
近いからこそ、そこを当たり前にしないよう「意識」することは、とても大切な気がするからです。
自然界から少し飛び出した存在の人間だからこそ、ついつい…と流されてしまいがちな弱さも持っている事を、自分自身が嫌というほど知っているからです。
(気づきを得ても、いつまでも成長しない部分もたくさんあるからです。)
自分の弱さを認め、それをカバーできる強みと本当の強さを持って生きたいと願っている人はたくさんいるのではないかなと思います。
人間は有能に創られたからこそ、そこを目指すことが難しい。
だから人生は山あり谷あり…たくさんの成功と挫折を乗り越えて生きる事にこそ意味がある事を後から知るのですね。
娘と共にゆっくりと、不完全な自分を大切に生きたいと思います。
きっとそれが、人を思いやることに繋がっていきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
PS
「育みネットカラフル」
平日昼間の居場所づくりの活動をしています。
週に1〜2日ほど、里山がっこうや古民家などのスペースをお借りして、子ども達といろんな活動や体験をして過ごしています。
見学なども随時受け付けていますので、お気軽にご連絡ください(^^)
PPS
「食べることは生きること」
実家が南河内で米酒店をしています。
お米も玄米で仕入れ、店頭精米しております。
家族でやっている小さなお店ですが、
お近くの方は ぜひお越しください(^^)
かじやす米・酒店
大阪府富田林市若松町2- 8- 23
お米やお酒に関するお問い合せは、
フリーダイヤル 0120-254-447 まで。

