ご無沙汰しています。

三浦春馬さんの自殺を受けて、私も何か発信しなきゃという想いに馳せられました。

あのように才能豊かで人気絶頂の俳優さんがなぜ?と思うかたも多いと思います。

私も無念と哀しみでいっぱいです…



私は元々、芸能人に熱くなるタイプではなくて、演技力、監督、脚本などから選んで作品を観るだけでして、三浦春馬さんだけを特別視して観たことはありませんが、容姿、演技、ダンス、歌唱力と揃っていて素敵だなぁと思ってみていました。

初めて ちゃんと観たのは、映画実写版【銀魂】です。

映画公開初日舞台挨拶で本人を拝見したとき、背が高くて異様にお顔が小さくて驚きました。

一緒に行ったイケメン好きな友達がキャーキャー言ってました。

その後も、ミュージカル キンキーブーツで異色の役をされてましたね。
女装されて、ミニスカートから見える脚が美しく、高いヒールを履いてキレッキレのダンスを踊ってました。

私はTVドラマはあまり観ないのですが、ミュージカルはよく観に行くので、このままミュージカル界の新プリンスとして、活躍して欲しいなぁと思う役がたくさんありました。


彼の死で、ネットでは色々な憶測が飛んでます。

母親との関係や実父、養父の関係、またはネトウヨだと左派から攻撃されていたなど。
どれも噂の域を出ませんが。

ただ今回で知ったのは私と生い立ちが似ているなぁということ。

私も両親の離婚で小学5年生から母子家庭、その後、母親の再婚、また大人になってから実父との再開など、彼とよく似ています。

そんな家庭環境でしたが、ありがたいことに学生生活は楽しかったです。

母親は多忙で お弁当を作ってくれなかったのですが、お昼代もくれなくて、ひもじい思いをしましたが、学級委員や生徒会などをやるような見本のようなの学生でした。

つまり挫折を知らなかったんですねぇ。

子供時代の私は、いつか母親のために家を買うことだけを考えて生きていました。

でも高校生の時、母に再婚相手を紹介されて、もう私は家を買う必要が無くなった…と物凄くショックを受けました。

私の今までの思いは何だったのかと影で隠れて泣きましたね。

今ではいい想い出ですが。

でも母が再婚してくれたお陰で、私は東京に出て好き勝手にやさらせてもらえてますしね。

東京に出てからも順風満帆でしたね。

ミュージカルに出たい!という夢は なかなか叶いませんでしたが、所属事務所が持ってくるレースクイーンやイベントコンパニオンなどのオーディションは殆んど受かっていたので調子に乗ってましたね。

まあ、チヤホヤされてたわけです。

本当にやりたいことではなかったけど、その年の女の子としてはある程度、良いお給料を頂き調子にのってました。

周りの大人たちからも好かれて、いい子いい子と持て囃されてました。

その分プレッシャーもありましたが、若いからチャレンジする日々が楽しかった。
自分の精神が張りつめていることにも気づかず。

でも、信頼していた大人(女性)から枕営業をしろと言われて、え???何言ってるんだろ…とビックリ。

あんなに大事に育ててくれたのに。

そんなこと、この世界ではよくあることと軽く言われて、その時、頭のなかで、ピキ‼️って音がして崩れていくような感じがしました。

それから即そこを辞めて、暫く無気力で外出もしませんでした。

眠れなくて食欲もなくて。
世界が表から裏にガラッと変わった感じ。

その時、失恋やらお金問題やらいっぺんに来て、外出恐怖症になりました。

病院で鬱病と診断されて半年くらい引きこもってましたね。

でも独り暮らしなので当然、お仕事をしなければなりません。

愛車を売り、家賃も半分以下のところへ引っ越しました。

そこから鬱状態ながら新しい生活を始めました。

と言っても、アルバイトをして日々をこなすだけでした。

TVの音すら頭にキーンときて、吐き気はするし、眠れないし、大好きな読書をしようにも一行も読めない。

自分の命より大事な大好きで可愛い可愛い愛猫が救いでした。

この子がいなかったら、もっと酷かったでしょう。

子供の頃から絶えず犬や猫を飼ってきましたが、この猫は本当に賢くて優しくて、私を慕ってくれて、特別な存在でした。

でも、仕事や私生活に満足は出来ず、このまま好きな仕事につけず私の人生は終わるんだなと、今思うと、めちゃめちゃ若いのに(25歳)思ってましたね。

鬱病になったことあるかたは分かると思いますが、とにかく体が重い。
インフルエンザなんか比べ物にならないくらい。
怠くて重くて、普通に生活するのが困難。
頭にモヤがかかって思考停止している感じだし、朝はとにかく起き上がることが難しい。

この世界から消えたい、消えたいって いつも思っていました。

でも自殺するなんて思いもしていないんですよ。

だって、愛猫を置いていくなんて私には考えられないですし。

もし死ぬとしたら、遺言をキッチリ書いて、家族に迷惑をかけないように、部屋の家具やらは処分してからと思ってましたし。

でもある日 突然、睡眠薬を20錠くらい一気に飲んでしまったんです…

なぜその時に?と今、振り返っても分からないんです。

それより前に鬱のピークは来ていたと思うし、引っ越してバイトもしていて、あらたに歩いていたのに、なぜ?

しかも愛猫を、そのまま鍵の閉まった独り暮らしの部屋の中に閉じ込めて放置して逝くなんて、私はそんなことする人間じゃない、と思っていたんです。

だけど、一瞬のことでした。

リビングの床に倒れたまま、気づいたら3日たっていました。

生きてたんですねぇ。

我に返って起き上がろうとするけど、力が入らなくて立てない。

とにかく吐きそう。

え?死にたくないよ?でも私、やっちゃったんだ…と。

これが睡眠薬だったから良かったんでしょうね。

衝動的に首を吊っていたら死んでいたかもしれません。

今、振り返ってよく考えても、一番の動機はなんだったのかハッキリしません。

重度の鬱病で判断能力が無くなっていたからとしか言えません。

むしろ自殺は、そのくらい おかしくなっていないと普通は出来ないことなんでしょうね。

今は、あれからもっと酷い経験もして強くなったと思います。

鬱病を抱えながら、役者をしてきましたが、今まで生きてきて普通だったことが出来なくなりした。

簡単なことが覚えられない、簡単なことを失敗する、周りからボーッとしていると言われたり、挙動不審と言われたりもしました。

注意欠陥障害?って言われたこともあります。

子供時代、忘れ物などする子ではなかったので、そんな事ないのですが。

鬱病だからそうなってしまうんですねぇ。

でも鬱病を隠して頑張っているので、単に出来の悪い子だと思われいてたでしょうね。

相変わらず体は泥のように重くて、毎日、疲れて疲れて大変でした。


 私の欠点は、見栄っ張りなとこ。

常に元気です!成功者です!お金に困ってなんかいないよ!毎日、楽しい!友達もたくさんいる!

そう親にも友達にも思われたかったし、思わせていました。

だから失恋しようが、仕事が無かろうが、食べるものが無かろうが、家賃が払えなくて追い出されようが、誰にも言わなかった。

誰かに泣きつけないのです。

今も甘えかたが分かりません。

大丈夫?と言われても1人にして!と思ってしまいます。

それに、もう誰かに泣きつける年齢でもないですしね。


 あの時の愛猫は19歳まで生きて、私の見守るなか、天国へ旅立ちました。


その後、鬱病のほかに、脳脊髄液減少症や子宮筋腫、子宮腺筋症になり、子宮を全摘出するなど、本当に苦難がありました。

若くして、結婚歴もなく、子供も産んでいないのに、子宮を全摘出するなんて本当に辛いことでしたが、乗り越えてきました。

子供は欲しかったと今も思いますが今世での運命なのでしょう。

それに私のような母親に育てられる子も可哀想だなと思うし💦


今は常に数匹、保護猫を引き取って飼っています。

コロナウイルスによる自粛中で、何日も外出せず、誰とも話さない日々が続いた時も、猫たちに癒されました。

思いのたけを、バーっと書き綴ったので、後で恥ずかしくなるかもしれません💦


  そんなこんなで、でも何とか生きています。

色んなかたに助けられて。

泣きたいときは猫を抱き締めてワーワー泣くとスッキリします。

それでも色々と悩みますし辛いこともありますが、それは皆さんも同じことですよね!

辛いことより楽しいことを数えて生きていきたいです。


運命は変えられる!変えてみせる!




では またね👋😃✨