多くの人が人生で一度は経験するであろう人生の転換期、
何かのきっかけで今まで積み上げてきたもの全てが崩れ落ちる時、
とてつもない絶望感や不安、苦しみ、鬱、これまでの生き方への執着など、あらゆる感情的な経験をし、私たちは根本から揺さぶれます。
運気が良くない、まるで何かに取り憑かれているような、見えない何かに飲み込まれ圧倒されたように感じる時
周りの人たちも自分もその状況に陥ってしまった不幸に同情し元の状態に戻そうと躍起になるものです。
私自身経験したことですが、起きた状況に抵抗してサレンダーできなければできない程身動きが取れなくなりますし苦しみます。
昔のままでいてほしい家族や周りの人からの圧力やノイズ、これまで積み上げ演じてきたものを簡単には手放せないエゴの自分と傷つきまくってきたインナーチャイルドと
歪みを全て壊して本質を生きようとする深い自己との間で激しい引っ張り合いが起きることでとてつもない苦痛、罪悪感、絶望的な憂鬱感を生むわけです。
この時自分の中にある抵抗を手放そうとする意図を持ってください。
なぜ手放せないでいるのか?
外側からの圧力を感じている時、自分が何を感じ何を恐れているのかを観察してみてください。
愛が欲しいが為に、でも求めていた愛が得られず傷つき、その代わりの承認を得るために作り上げてきた人格が
「新しい生き方をしたら愛されない、そんなことになってしまったらうまく行くはずがないんだ。直ちに元に戻るんだ」と強く強制的な意図で恐怖心や罪悪感を感じさせているかもしれない。
この強い思いは幼少期はあなたの生存を脅かすほどの恐怖だったかもしれません。
でもそれは今となっては本当に真実なのでしょうか?
崩れ落ちるものは元々砂上の楼閣だったわけです。
取り繕った自分が作り上げた城が自分の本心ではない痛みや怒りや苦しみ、愛されたい、認められたい思い、そしてそこから生まれた
自己欺瞞、見栄、プライド、権威欲、甘えや依存など、
あなたが生み出し魂にこびり付けてきたあらゆるネガティブな動機が含まれている城だった事に気がついた時、
あなたの傷は「ただ愛されたかった」とポロッと本音を言うかもしれません。
そのために必死に作り上げてきたんだと。
相手に一方的に愛をもらうことで自分の人生の全てを決定していた側面を手放す事で、本質の自己を生きられるようになっていきます。
愛されたかった、私を見て欲しかったという傷を認めることで徐々にその傷は癒えていきます。
その為に積み上げてきた城が崩壊することに抵抗しなくなった時、
他者からの承認を得る為に使ってきたエネルギーを今度は自分が本当に望むことに使うことが出来るようになります。
心を開いて自分の望みを聞いてあげる事によって自分を敬うことを経験すると魂は深く安らぎ癒やされます。
ここからまたひとつづつ強固な地盤を積み上げていくことを本質の自己は望んでいるから。
本質の自分を生きる事は自立するという事です。
自分という存在意義が他者に左右されなくなった時初めて、あなたの中に本物の安心感、自尊心、真実の愛が湧き起こってきます。