和茶菓子の半分はオタク要素で出来ている様だ(`・ω・´)

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脱オタ目指したのに
華麗に出戻ってきた
残念系アラサーオタク和茶菓子(おちゃがし)ですん

アニメ観賞が専らの趣味になってる
まんだらけでフィギュア見るのも好き

内容
オタブログであり
たまにグルメブログであり
あと、主に兄貴のせいで爆発するブログである

gdgdオタクライフを謳歌してる残念な人のブログです
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最近めっきり冷え込みまして
若干体調不慮なのくてーです


最近溜めに溜めたアニメの1つ
化物語 セカンドシーズン
を見たんですが…
登場人物の1人忍野扇の台詞に妙に納得したと言う話

↓↓以外、一部抜粋↓↓

危険を示す赤信号で世界が満たされた時こそ、何時よりも安全な時間であり
逆に安全を示す青信号で世界が満たされた時は、世界の何処よりも危険な場所が出来上がってしまうという矛盾

─中略─

青信号を渡る時にまるで神様に護られている様な気持ちでいる人ばかりですけれど、実は全然そんなことは無いんですよね、単に(事故に遭う)リスクが半分に減ってるだけです。

─中略─

”世の中というのはどんな危険な場所なのか、世界は平和で夢と希望で溢れていて、救いに満ちていて、人と人は愛し合う為に生まれてきて、仲良くするべきで、子供には幸せになる義務があるとか”
そんな事をペチャクチャ陶酔しながら言っているから簡単に足下を掬われるんです。

戦地の子供達はたとえ教育を受けていなくても、もっとしっかりしていますよ。

少なくとも、人生には貪欲です。
彼らの眼には”青信号”ではなく、”赤信号”ばかりが映り込んでいますからね。



と言う台詞

そのセリフを受けて思うこと
今の日本は平和で
平和過ぎで、豊かで過ぎで
結局、何か大切な物を人生に見い出せないまま生きてる人が多い気がする
”大切な何か”が何なのかそれすらわからず生きてる

特に”人として大切な何か”を持たぬまま生きてる



昭和の『物より心が豊かだった』頃が
きっと日本は一番良い時代だったんだろうなと…思ってしまう