承認欲求がない人なんていないと思う。
誰だって、認められたら嬉しい。
特に、愛する人から認められたときには、承認欲求のタンクは一気に満タンになる。
先日、自分の作品を習い事の先生に見せた。
家で練習用に創作したもの。
どうしても上手くいかない部分があって、その相談をしたときに見てもらった。
料理でも何でも、自分の作ったものを人に見せるのって、とても恥ずかしい。
上手じゃないのをわかっているし、そのものを通して 自分以上の自分を見られているような気がするから。
先生は、アドバイスをくれるのと同時に、「上手!ちゃんとできるじゃないですか!」って驚いてくれた。
すごくすごく嬉しかった。
私の承認欲求のタンクは一気に満たされた。
私は、褒めてくれる先生が大好きだ。
厳しい方が上達するという意見もあると思うけど、どちらで伸びるタイプかは人それぞれ。
若いときは体育会系の部活で 叱られながら、超厳しい練習もバッチ来い!
って感じだったけど、もともと競争は好きではないし、誰よりも上手くなりたいとか、優勝したいとか、そのために泣きながら歯を食いしばって練習するとか、そうゆうのはもう、お腹いっぱいだったりする。
大人になって叱られることも減り、厳しくされることに対する免疫がなくなっているものあるかもしれない。
今の私は、楽しみながら続けること、勝ち負けがない世界の中でも 実感を得られることを知っている。
厳しいからいい先生だとは限らないとも思う。そもそも厳しいの定義はなんだろう。
どんなに知識が豊富でも、素晴らしい実力があっても、
悪いところばかりを指摘して、感情にまかせてガミガミ言って、毎回大量に宿題を出すような先生は、好きになれない。
私が大好きな先生は、とても穏やかで優しい。
生徒の意見や作品をけなすことはない。きちんと認めてくれる。
その中で、的確にアドバイスをしてくれて、成長のヒントをくれる。
アドバイスをくれるときの先生の目はとても真剣で、ある意味とても厳しい。
そこに光る厳しさがあるから尊敬もできるし、もっとこの人から学びたいと思える。
先日、先生に褒めてもらった その感覚は、
幼いとき、父に「お前は絵が上手だな」って褒められたときの、
ちょっとくすぐったくて、ちょっと恥ずかしい、でも嬉しくて満たされた感覚。
そのとき感じた幸せにとても似ていた。