駅まで向かう途中、ガラス越しに映った自分の姿を見て驚いた。
ヤバイな・・・。
ものすごく疲れた顔をしている。
俺は髪とネクタイを少し直してまた歩き出した。
会社に着くと席に座り、まずは彼女が来ていないかと彼女の席の方へと目をやる。
まだ来ていないみたいだ。
昨日の差し入れに入っていた紙をスーツのポケットからそっと出した。
何度見ても綺麗な字にドキッとする。
他の社員も揃い仕事が始まる時間になる。
俺はもう一度彼女の席を見た。
珍しいな。
遅刻なんてしたことないのに。
仕事が始まると忙しく彼女の事を気に止めている時間はなかった。
お昼休みになってやっと彼女がまだいない事に気付いた。
「あれ?今日いないの?」
俺が彼女の席を見て同僚に声を掛けると「あー、今日は風邪引いて休みみたいだよ。珍しいよな。」と言っていた。
風邪?
昨日はそんなに具合悪そうな感じでもなかったな。
それから午後は何となく仕事が手につかなかった。
風邪で休んでいるって言うのは嘘で本当は彼氏と・・・?
だって昨日は仕事を休むほど風邪を引いてる感じでもなかったし。
それに。。
今日は、昨日のお礼もしたかったし、いつも差し入れをもらうのに俺は何も返してなかったし。
それにこの紙。
わざわざこんな風にメモを入れてくれるなんて。
彼女の家は知っていた。
一度だけどこに住んでるかの話しをした時に聞いていた。
でも、マンションの部屋番号まで分からない。
行ってみたところで何が出来るわけでもない。
それから二日間彼女は休んだ。
その間ずっと悶々とした日を過ごしていた。
やっぱり体調良くなかったんだな。
三日後に彼女が出社してきたのを見るとなんだかすごくホッとした。
仕事の途中、彼女がオフィスから出るのが見えて俺も慌ててあとを追いかけた。
走って彼女に追いつくと「あのっ・・・」と声を掛けた。
「櫻井くん、どうしたの?」
彼女が俺の呼びかけに歩きを止めて振り返った。
「この前の・・・差し入れ・・・ありがとうございますっ」
俺は走ったせいで息が切れていた。
「それを言いにわざわざ?」
俺は呼吸が整うまでしばらく下を向いて自分の膝に手を置いて時間をおいた。
「いや・・・」
そう言いながら彼女の方を見た。
「あの、差し入れと一緒に入ってた、この紙。」スーツのポケットからメモを取り出して彼女に見せた。
「良かった。メモに気付いてくれたんだね。」
「もちろん。すぐにわかったよ。」
「気付かないかなって思ったの。」
「いや、嬉しかったから。」
「良かった。」そう言って彼女はニコッと笑った。
「風邪、もう大丈夫なの?」
「うん。珍しく熱が出ちゃって。」
「そっか。言ってくれたら俺、必要なもの買って届けたのに。」
「えっ?櫻井くんが?」
「あ、それもおかしいか(笑)」
「そんな事ないよ。ありがとう。」
彼女は満面の笑みを浮かべて俺を見た。
その笑顔にドキドキしながら俺は思い切って彼女に告白してしまおうかと思った。
「あの・・・。」
「ん?」
「いや・・・」
「何?」
「いや、なんもないです。」
「何?気になるじゃない?」
「・・・あ、差し入れのお礼でもって思って。」
「えー、そんなのいいのに。」
「いや。いつも有難かったし。今度一緒にご飯でもって。」
「ふふ、じゃあ今度。」
「嫌じゃないですか?」
「なんで?誘ってくれて嬉しいよ。楽しみにしてるね。」
そう言って彼女が歩き出そうとした時少し足元がふらついたのかガクッとなった。
俺は慌てて彼女を支えた。
「大丈夫?」
「ごめん。まだちょっと本調子じゃないみたい。」
俺の腕の中で彼女は小さく笑った。
ものすごくいい匂いがして俺の心臓は破裂しそうだった。
「ごめんね。大丈夫だから。」
彼女はそう言って起き上がると「ご飯。楽しみにしてるから。また、連絡して。」と行ってしまった。
彼女を支えた時、何となく彼女の体が熱いような気がした。
いや、俺が熱いのか。
彼女にドキドキしすぎておかしくなりそうだった。
でも。
約束は出来た。
結局、告白は出来なかったけど。
想いを伝えるよりもこうして彼女と会話出来る方がいいのかもしれない。
俺は彼女との、約束を大事に胸にしまった。