こんにちは あなたを未来デザインにエスコートする平岡敏子です。
今日は私が家出をしたときの話です。
私は20代の時家出をしました。もちろんお金も何にもないのでバイトでその日暮らしをしました。
慣れない土地で食べるものもろくにないので何の苦労もせず結果ダイエット状態になってました。今でこそそんなふうに冗談も言えますが、私のしでかした事は本当に両親にとって最悪な行為だったのです。
今は両親を見送った後なので、もういくら「ごめんなさい」といっても仕方のないことですが、私は何かあるたびに心のどこかでそのことを思い出し、思い出すたびに涙がボロボロ出てきます。
1年ほど放浪の旅をした私は、身勝手にも親元に帰ったのですが、その時玄関を開けると老いた両親が2人向かい合って座っていました。今でも忘れられないシーンです。
玄関に鍵がかかっていなかったのは、いつでも私が戻ってきていいように開けてあったのかな、そう思うと胸が熱くなったのを覚えています。
私がなぜその時身勝手に家を出たかというと本当に反発心の塊だったからです。何にも考えずその時の状況を変えたいという一心だけで家を飛び出ました。
もちろん何の計画性もないので行き当たりばったりです。何事もそうですが、終わって後々に思う事は、本当に自分が身勝手そのものと反省し、でももうあれはあれで仕方なかったと、自分の悪かった点を素直に認められることです。
もちろんその渦中にある時はそうはいきません。親がそうだからとか、家の環境がどうのとか、私は全てにおいて自分以外の部分に責任を転嫁していました。
今思うと、本当に子供なんだなぁと思ったりします。そんな私ですが、両親は私を温かく迎えてくれ、何事もなかったのかのような毎日を過ごしてくれました。
私の根っこにある反抗心がそうさせたと言えば、簡単なことですが両親にとっては大きく辛い問題だったと思います。
今は亡き両親が天国でどんなふうに思っているのかは分かりませんが、私はこの私の無謀な家出が単なる出来事ではなく、いつも心のどこかに、むしろ私の生き方の支えとなって残っていることに感謝せずにはいられません。
私のことを大事に思ってくれたその気持ちを120%受けて育ったんだ。そんなふうに見守られていたんだという思いは私の人生を強くしてくれました。
転んでも転んでも立ち上がれるように強くしてくれました。
今日はとりとめのない私の家出話でしたが
どんなことがあってもくじけないでおこう、そう思えたのは、私をあの玄関に鍵をかけることなく迎えてくれた両親の思いがあるからです。私たちはそんなふうに、親からそして周囲から見守られているんだということがとても大切なことだと思うし、そこに私は見えない何か大きなものを感じるのです。
両親には苦労をかけたことを申し訳ないと思っていますが、同時に私はそのおかげで強くなれたので矛盾かもしれませんが、いつも「ありがとう」という気持ちです。
最後に
前にも話しましたが、私は心理学を勉強をしたわけでもなく、カウンセラーという職業でもありません。ただの南の島のお姉さんが歩いてきた道のりの話でした。貴重なあなたの時間に読んでいただいたことありがとうございます。
もしかしたら、あなたの不安や悩みの解消のヒントになれば、ほんとうれしいです。
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今日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。また、明日ね チャオ!


