【グログ戦記】第一部

序章 星たちの群像014

・レオルドの視点(2)・

約200年前,[七大総国]の建国黎明期…

火の民のヤワト王国,

水の民のラフレクラン王国,

草の民のモルドハーン王国,

鉄の民のヘテイト王国,それら四大王国と,

二大宗教国で有る,

石の民のヴァラガン教国と,

山の民の駄羅凡(ダラボン)法国,

表界樹に住む

樹の民セジュロレイルの,七大民族は,

妖精,魔物との共存を目的とした広大な連盟保護区で有るシース連盟国を誕生させて,[厄災浄化条約連盟]の拠点とした…,しかし魔物や妖精との共存に異を唱えた一部の人類が,タサ島へ渡り[七大総国]と敵対する[第八の民]を名乗り,タサ島の中心地ユマン自治区(現在の央都パルメス)を占拠した…その時,同時に起きた[厄災]が,ロカ暦596年に起きた[穢飢種(エキシュ)の厄害]と伝えられている…つまり[第八の民]さえ来なければ,この世に,タサ島に穢飢(エキ)は生まれ無かった。と謂われて居た…しかし遠い過去からの民族の伝承には,穢れも陽脈も,厄災とは関係性は無いと謂われる文献も存在すると噂に聴いた事も有った…ともあれ今,この世界での多くの人類は,穢飢(エキ)は悪で有り,陽輝は善で有る,と謂う認識は揺るがない…そして,陽輝や穢飢と謂う言葉は,陽脈や穢れが,攻撃手段として変化したモノで有り,それを人間の世界にもたらしたのが,まさに200年前の出来事だったと歴史は告げて居た…詳しくは解らない事柄ながら,世界の標準的な考え方は目に見えなくとも,正邪のせめぎ合いは世界の何処かしらで起きて居るものだ…と,昔,お爺ちゃんが言っていた…そんな事を思い出している間に,査問委員会の時は来た…央都は高い城壁都市で,内側の中心部には[大整堂]と呼ばれる大きな教会が建っていた…教会内部の地下へと続く審議の講堂•振子の間と呼ばれる広間に僕たちは連行された…その振子は[世界時計]を模(想像)したと云われる巨大なレプリカだった…,ロカ暦以前の[旧·神書]に記されている[世界時計],それは誰も見た事も無い伝承で有りながらクリス神教の崇敬の象徴でも有った…広間の最奥の祭壇の上で,重くゆっくりと続く振子の無休運動は永久機関を思わせた…祭壇の前には3人の白い法衣の神学者が中央と左右の3方向の高い壇の椅子に座して居て,更にその前には甲冑を身に着けた数人の上級剣士が,既に鞘から抜かれた剣を両手で地を刺すように構えて立っている…透徹した冷たい緊張感が漂っていた…そして幾らかの間隔を空けた更に前方の右側には,ヘテイト王国の軍旗を掲げる兵士と,ヤシュナール侯爵家の家紋の杖を持つ伝令魔法士らしき者が並んで立って居て,その隣には剣豪ロレンゾ様と少年アディルが居た…左側には,錬金術師,妖術士,魔術士の中でも上位の術士たちの集団·碩儒院(セキジュイン)からの使者が数人居て,その中には名門ラドクリフ家の家紋の杖を持つ魔術士が居る…その中央で父マーカスと,討伐隊の遺族たちと僕は膝まづかされて居る…その後方でお爺ちゃんで有るヴォーナ·ローエンは,懺悔と祈りの言葉を唱え始める…やがて周囲の全員も祈り言葉を唱え…[深淵者]の[取り巻き]と疑われない為に,膝まづく僕たちも懺悔と祈りの言葉を口々に唱え始めた…しばらくすると,父マーカスの体から黒煙の様なモノが立ち昇り始めた…それが[穢れ]と云う事はすぐに認識出来た…更に懺悔と祈りの言葉は[振子の間]を満たしてゆく…僕の心の中に言い難い不安が迫る…父は[取り巻き]なのかも知れない…恐れで視界までが震えて見えてくる…闇に救いを求めるかの様に思わず目を閉じていた…それが一瞬なのかも解らない静寂が訪れる…もう懺悔も祈りの言葉も聞こえない… 張り詰めた静寂の中,僅かに目を開くと世界は静止していた…何が起きたのかも解らないまま,空中の一点を見上げると,どこから入って来たのかも知れない黒い蝶が輝く鱗粉を振りまきながら静止した世界をヒラヒラと舞っている…「そうか…君か…」そんな言葉が背後から聞こえる…振り返ると,左の片眼鏡の黒衣の少年が僕を見ている…「君が精製?仕掛けた夢魔(インクブス)のお陰で扉は開いた…」と無邪気に笑う少年が何を言っているのかも解らない…「ごめんね…時を停めた訳じゃない…そんなチカラは僕には無いからね…君の幽精(ルクアン)を拡張して,この広間の人の認識を狂わせただけだよ…」と笑う…その少年の背後に黒衣で長身の濡れた様な長い黒髪の金の瞳の男が現れた…男は父の[穢れ]を簡単に喰らい尽くし片眼鏡の少年に寄り添っている…理解も追いつかない世界が目の前に展開している…微かに鼻腔を霞める香り…不快では無いのに,不思議とこの世ならざる香りに思えて不気味に感じた…「外典の写本辺りの臭いがしているね…君のチカラに繋がって居るよ…」と,言った少年の顔が瞬間的に記憶の網をすり抜けて忘却に向かっていった…その思いが湧き上がる刹那…時は当然の様に流れてゆく…その瞬間…少年も長身の男も失念していた…そのまま気を失った僕は,その後の事をお爺ちゃんに聞かされた…とりあえず査問委員会は,父も討伐隊の遺族も事無きを得て,異端の烙印を押される事だけは逃れるに至った…まるで,何かに化かされたような気分だと誰もが思ったと云う…只,誰も彼も[神の加護]だと語り合って居た…が,何か釈然としない曖昧な何かが胸の内に残った…そんな僕に何かを感じた様に,お爺ちゃんが,昔の話を始めた…その内容は奇妙だった…父マーカスが剣士の修行時代に[神隠し]の様な事が有ったそうだ…数日後,森の中で発見された父は記憶を無くし手には古代文字が記された黒い書物を手にしていたと云う…しばらくの間,父は剣士の修行もしないで毎日,何かに怯えていたようだ…が,少しづつ自分を取り戻し…母との間には僕も生まれ…お爺ちゃんの目にも,以前と変わらない生活が戻ったかに見えて居たが…今まで何処に有ったのかも解らない黒い書物を持った幼い僕が難なく古代文字を読み上げて居たと云う…その時,父から僅かに黒煙の様な障気を見たお爺ちゃんは,僕から黒い書物を取り上げようとしたが…既に書物は忽然と消えて居たと云う…今まで何故か記憶に霧の様なモノがかかり忘れてしまって居た…と言いながらお爺ちゃんは泣いて居た…数日前に,この島に深淵者が現れたと聞いた日から,意味も解らぬ不安に満たされ…僕と父を守らなければと思い続けて居た…と,話し終えると,お爺ちゃんは「まだ…大事な何かを忘れている気がする…」と,呟いた…僕は夜空にヒラヒラと舞う黒い蝶を見ながら底もない暗闇の中に居る様な感覚をおぼえていた…



 序章 〜 015 に つづく