東京へ避難長男の命令で、両親、姉夫婦一家、私の計8名でその兄が住むマンションへ避難。がしかし、六畳ワンルームでどうやって9人寝るわけ???その日は、義兄、甥、私の3人で寒い車の中で寝た。でも兄はレンタカーを借りてでも私達家族を迎えに来ようとしていたので、その気持ちは嬉しかった。
避難所生活3月12日は夜勤で次の日家へ帰ると玄関に貼り紙がして あった。母の字で「〇〇か〇〇へひなんします」原子力発電所の爆発の影響で、両親はその日の朝に車で30分離れた小学校へ避難していたのだ。私も2、3日そこで避難所生活していたが、夜は寒く食事もおにぎり一個、水も出ない。少しだったがきつい生活だった。
信じられない光景ニュースをみると地震や津波の被害が酷い。ガソリンも道が混んでて近くのスタンドは閉店されている。少し離れた友人の住んでる街へ行き満タン入れる。家に帰る途中海沿いの家を見てみると、ほとんど壊滅状態。線路上には電車が止まったままほんとにこれが私の育ってきた街なのか.......信じられない悲しいつらい