馬鹿旦那です
最近更に寒くなりましたね
風邪ひきそう…(笑)
さて本題に入ります!
24日は2周年記念
あっという間でした
記念日だったし、クリスマスイブだという事で汐留のレストランでフレンチを食べました。
41階で食べたので夜景がすごく綺麗でした
まー鬼嫁に感謝です
鬼嫁が予約してくれました!
↑ここまで前月の12/25
↓ここから今日書きました(笑)
いま鬼嫁が遊ぼうと言ってきたので
また続き書きます!
あ、今日は2年1か月記念日でした!
ではまた!
Android携帯からの投稿
水月凛さんの体験記「子供嫌いなかあちゃん」を読んで、
それを自分の体験と照らし合わせて
レポートと書けという課題が出たんです。
んで、ちょっとうまくかけたかなーと思うんで、載せてみます(笑)
よかったら読んでください(^^;)
2000字弱なんでパラパラっと読めると思います!(※注 文章力に問題有)
「子供嫌いなかあちゃん」を読んで
「自分の子供が嫌い」この言葉を聞いて、多くの人はこう思うだろう「ありえない」と。
しかし私が今回読んだ体験記は「子供が嫌いな母親」の手記である。この本を手に取った理由としては、私の実体験と重なったからだ。私自身「自分の子供が嫌い」という言葉に敏感になっていた時期があったということが大きいだろう。この本のタイトルが目に入り、手に取らずにはいられなかった。私の実体験については後々話すこととする。
この本の著者であり「お母さん」である水月凛さんは、バリバリと仕事をこなすキャリアウーマンであり、仕事に生きがいを見出すタイプの人である。しかし、思いがけず妊娠をし、生活が一変した。自分のしたいことを妨げるだけの存在である子供を愛せず、産後うつ病になり、自ら子供と離れて生活することを決めたのであった。そもそも水月さんは出産はおろか、結婚もしないつもりでいたのだ。その根底には小さいころ知らないおじさんに性的イタズラをされたことや、両親の喧嘩、性行為を目の当たりにしてきたこと、そして自殺未遂をするまでに精神状態が不安定だった母親のもとで育ったという環境がある。ではなぜ、子供を作ったりしたのだろうと思うのだが、夫が子供を望んでいたこと、そして水月さんも一時的に夫の気持ちに同意したからである。私個人の意見としては、望ましくない養育環境で育ち、本人もそれが何を意味するかがわかっているかの如く「子供はいらない」と思っているのだったらやはり子供は作るべきではないと強く思う。大人のエゴイズムで簡単に扱っていいほど命は軽くない。最終的にこの人は、些少ながらも子供への愛情が芽生え、週に数回、数時間子供と過ごす時間を作れるまでになったのだが、依然として夫や両親に子供の養育は依存している状態である。
産後うつ病を発症した時点で、水月さんを批判してはならないと理解してはいるのであるが、私はこのような親を全面的に擁護できるようにはなっていない。それは私が精神的に未熟であるからだ。しかし、このような親の気持ちがわからないわけではない。いや、最近やっと理解できるようになった。
精神疾患に罹患した場合、第一にすべきことは命を守ること。当事者の命をはじめ、その人の周囲の人の命を守ることだと私は考えている。「命を守る」ことの前には社会的責任や世間体など、様々な壁が立ちはだかっている。水月さんの場合も「親としての責任」が存在し、それは今も大きなプレッシャーとなっている。しかし、命を守る為には全てを捨て去る覚悟が必要なのだ。水月さんは「プライド」「世間体」そのほかにもたくさんのものを犠牲にした。そして今、命を手にしている。つまり、一見「ありえない」この母親は最終的に正しい道を選んだのだ。では、間違った道とはなんであろう。それはただひとつ「死」である。
私は小さいころ祖父母に育てられていた時期がある。自分の記憶には無いくらい小さかったころのことだ。この話は私がある程度話がわかるようになってから、母からではなく父や祖父母から間接的に聞いた。しかしその時はあまり深く話されず、ただ祖父母に育てられていたことだけを聞いたので、驚きと悲しみが入り混じり、正直、とても悩んだ。「私は一度お母さんに捨てられたのだ」と。また、母が祖父母に私を預けた時の言葉が「この子はいらない、あげます。」だったということが不安と悲しみに追い打ちをかけた。この話を聞いてからと言うもの、私は母と口論になると決まって「私を捨てたじゃないか」とこのことを引き合いに出した。そのたびに母はとても悲しそうな顔をした。あの時は何と酷いことをしたのだろうと今になって思うが、私は私で必死だった。自分が本当にいらない子なのではないかと、もしかしたら今もいらない子なのではないかと怖くて仕方が無かった。「いらなくないよ」の一言が欲しかった。その後、私がもっと成長してから母に「あの時」の話を聞くことが出来た。母の話を聞き、真実を知って安心した。母は産後うつ病だったのだ。年齢的にも若く、全く知らない土地に越してきて、見ず知らずの人達ばかり、父は仕事の為ほとんど家には居ないという環境の中で母は独り、泣きわめくだけの私と向き合うだけの日々。母は何も悪く無かった。環境が母を病魔に追いやってしまったのだ。「このままではこの子(私)を殺してしまう。」そう思い母は私を手離したという。水月さんと同じように、母も正しい決断をしたのだ。私のためを思って、勇気ある行動を起こしてくれたのだ。世間体もなにもかも捨て、私を守ってくれ、そしていまでも元気で生きてくれている母に心から感謝をしたい。
私自身もうつ病様症状(病院には行っていないので)を経験したことがある。私の症状が一番ひどかった時期にそばに居てくれたのは、うつ病の苦しさを一番わかっている母であった。あのとき母にどれだけ救われたか。その時期の記憶は抜け落ちていると言うのに、いまでもあの時の母の優しい顔は鮮明に思い出せる。
この本を読み、こうして自分の経験と照らし合わせることによって、うつ病に限らず、精神疾患に罹患した場合、まず、周囲の人が積極的に理解に努めることがどれだけ大切かを改めて感じることが出来た。なまけているのではない。「やる気」の問題などでももちろんない。ただ怖くて、不安で、自分を責めることしかできなくなってしまうのだ。今となっては多くの人の耳に入ることとなった「うつ病」であるが、聞いたことがあるだけに留まるのではなく、さらに知識を深め、より多くの人にうつ病を正しく理解して欲しい。そしてうつ病に悩む人々に1日でも早く「明るい明日」が訪れて欲しいと願う。
