このブログって限られた人にしか教えてないから、きっとあんまり読まれてないから、いろんなことが書けます。
うちのおばあちゃん、先々週から脳出血で入院してます。
満80歳だから、脳出血とか、きっと年齢的にはおかしくないよね。
あたし、いままで親近者で病気とかないし、亡くなってるひともいないし。
家族が倒れて救急車で運ばれて、そのまま意思の疎通もままならなくなるんて初めてで。
少し痴呆ではあったけど、今まで大きな病気もなく。
ちょっと血管が切れて出血があっただけで、ほぼ寝たきりの毎日。
言葉の意味も通じない。
目は開くけど、そこに感情や意思が伴わない。
人の体って頑丈そうで、すごく繊細なんだ。
もう年だからで、片付けられることなのかもしれない。
それが、理由になることだってあるんだと思う。
でも、私はやっぱり悲しい。
昨日まで普通に話をしていた人が、突然倒れてこの状況。
本人だって、きっとこんな風に、突然自分がなるなんて思ってなかったと思う。
けど、そこに悲しいとか思う感情すらもうない。
それって、 自分 がないってことなんかな。
毎日毎日2駅離れた病院に電車で通うおじいちゃん。
こんなに急に、おばあちゃんが おばあちゃん でなくなってしまうなんてきっと思ってなかったんだろうな。
病室で、おばあちゃんと会話できるわけでもない。
きっと「おじいちゃんが来てくれてる」っていう認識すら、おばあちゃんにはできない。
そんなことも分かりながら、必死に麻痺してしまって動かない腕をマッサージするおじいちゃん。
私たちの前では入院した直後でも前向きに「まぁ、これから少しよくなったら、リハビリとか頑張るしかないな」
って言うけど、本当はどう思ってるんだろ。
言語中枢のそばでの出血だから、もう、今後おばあちゃんと笑いあって話すことはできないのかもしれない。
お互い、もういい年だけど、何十年も寄り添って一緒に生きてきた人がそうなってしまうって、どんな気持ちなんだろ。
高齢だから、手術はできなくて、薬療法のみ。
入院してからご飯も一切食べれず、ずっと点滴。
リハビリできるほど、よくなる見通しすら立たないんじゃないか。
人の命って、本当に限りがあるんだね。
知ってたけど、知らなかった。
どんどん、どんどん、弱っていくんだね。ロウソクは、短くなって、火も小さくなってさ。
私も何十年後かにはそうなってさ。
知ってたけど、正面から向き合ったことはなかった。
おばあちゃん、倒れる前々日が誕生日でさ。
祝日の営業日だったから、私は誕生日のご飯に参加できなくて。
だから、その前の休みのときに家から5分くらいのおばあちゃん家に顔だしてさ。
少し話して。
「まりちゃんは後どのくらいで一人前になるの?」って言われて、早くて今年中かなって答えたら「よく頑張ってるね、えらいね」って言われた。
これ、いつも言われるから、気にしてなかったけど、ちゃんとありがとうって言えばよかった。
楽しみにしててねって言えばよかった。
救急車で運ばれるときは、まだ意識もあって、会話もギリギリできて。
ストレッチャーにのりながら、「ごめんね」って言ってた。
病院に着いて、病室に入ったときには、もう話せなくなってた。
倒れた日に、一日出かけていて、携帯も持ってないから、夜帰ってきてから事実をしったおじいちゃんは、すごく悔しかったんじゃないかな。
あたし、もう24歳。
こんなブログ、書くこと自体、子供なのかもしれない。
でも、なんか消化しきれなくて。
よくなるって信じたいけど、現実的に厳しいんじゃないかと思ってしまう。
おばあちゃん
おばあちゃんは今病室のベットで何を思っていますか?
どんな夢を見ていますか?
せめて、それがキラキラした夢ならいいな。
また明日、会いに行くね。