今日のプチハッピー教えて


意外と、教科書で、いいのかな〜。
オンライン教材とか、
既にあるもので充分だ〜。



ちょうどの音声データつき。(親にとって)
QRコードで、1単位ずつ音声流れる。
学習内容も、教科書と、
付属の辞書を覚えたら、
オリンピックの
案内ボランティアできるんじゃ? 
という、日常ッぷりの、
英語の教科書。


算数は、ぴったりトレーニングなる、
教科書ワークより、
少し難しいか、簡単か?
どっちでしょう?
と、親、書店で、見比べて、
一応こちらにしたけど、
今となっては、どっちでもいい…

教科書なしでも、
新学年の学習内容を
すらすら進められている。

親も、得意になって解説もどきをするけど、
しつこかったり、難し過ぎてると、
「はい、次〜」と、学習者ペース。
最近は、ペースもつかめて、各科目少しずつ進められるようになってきた。

今となっては、
よくできている教材丸覚えすれば、
ひと通り足りている。

どんどん家で、または、個人で進めて、
子の理解力や興味持続力に応じて、
学習を進められる世の中に、
なってることに、
改めて感謝感動している。

ほんと、文明の発達に感謝❤️



そんな教科書たちを、お部屋に収納。





教科書持ち運ぶにも、日々の買い物にも、便利。これなら3日分入るかも?




誰でも、間違っちゃった‼️

ということがある。

そんな時、
まず、悪かったなあ、とか、
失敗したなあ、という
後悔の念が走る。

その次に、
今回失敗したのは、
分からなかったせいだから、
次回までに、もう一度勉強しよう
とか、
失敗の原因だと思うことと、
その対策を検討することが、
反省するということなのかな。

そして、その反省を活かして
生きていくのが、
成長するということなのかな。

だから、失敗も、反省も、大事。

ただし、
取り返せる失敗なのが、大事。

小さな小さなことでいいから、

信用を10年間積み重ねることができる人と、

 

小さな小さなひずみから

疑惑を10年間積み重ねてしまった人とが、

 

世の中、いる。

 

その過程としての現在、

(本当の結果は死ぬまで、というか死んでから後世の人々の評価まで、でない)

 

ふと気づいた、疑惑積み重ね者が、

信用積み重ね者を、ねたんだり、うらやましがったり、

すべきでないと、思う。

 

積み重ねられた嘘は、疑惑の動かぬ証拠として、機能を発揮することだろう。

 

 

 

でも、神様は、結果を出すまでは、まだ猶予をくれている。

 

ねたむほど、誰かの行為が信頼のおけるものだったら、

その、行為を、真似たらいいんじゃないかな。

そうしたら、まだまだ挽回できるんじゃないかな。

 

確かに、今の行為の一つ一つが積み重なって、

私という人間の評価につながると、私の好きな人は言ったことがある。

 

よくよく考えると怖すぎて、にっちもさっちも何もできなくなってしまうけれど。

 

まぁ、まぁ、

人っていうのは、そんなに確からしいことばっかりもできなくて、

たまには、おやつをつまみ食いしたり、

夫の帰りを待たずに晩酌を始めてみちゃったり、

子どもが、珍しく勉強している横で、携帯ゲームに没頭したり。。。

 

いろんなことはありますが、

 

 

でも、やっていい行為としての一つの基準は、

誰かを傷つけるものでないこと。

傷つけ続けるものでないこと、を、確認すると良いかもしれない。

 

 

そして、最大の避けるべき事項は、

自分を傷つけるものでないことを、きちんと、きちんと、

確認すると、良いことでしょう。