わたしは約50年前、仮死状態で生まれてあの世とこの世を彷徨った…。
そして、息を吹き返し、いろいろな人の支えで今の自分がいる。
しかし、後遺症が残った。うまく言葉が出ないことと歩き方がおかしい事だ。
でも、健常者が通う普通の小学校に入った。
その頃、母に
「障がい者手帳いる?」
と聞かれた事を今でも覚えている。
「自分って障がい者なの?」
「手帳があればなんなの?」
と思った記憶もある。
結局断った。
わたしはみんなと一緒にいたかったし、障がい者というレッテルを貼られたくないと思ったからだ。
こんなわたしでも友達と呼べる人がいたのだ。
その頃は障がい者との壁は今ほど低くなかったのだ。
しかも、小学生だ。自分で何かを決めれる立場ではない…。
自分のことさえも。
こうして健常者と共に生きる事を選んだのだが、思ってた以上の人生となった…。
次回へ…
そして、息を吹き返し、いろいろな人の支えで今の自分がいる。
しかし、後遺症が残った。うまく言葉が出ないことと歩き方がおかしい事だ。
でも、健常者が通う普通の小学校に入った。
その頃、母に
「障がい者手帳いる?」
と聞かれた事を今でも覚えている。
「自分って障がい者なの?」
「手帳があればなんなの?」
と思った記憶もある。
結局断った。
わたしはみんなと一緒にいたかったし、障がい者というレッテルを貼られたくないと思ったからだ。
こんなわたしでも友達と呼べる人がいたのだ。
その頃は障がい者との壁は今ほど低くなかったのだ。
しかも、小学生だ。自分で何かを決めれる立場ではない…。
自分のことさえも。
こうして健常者と共に生きる事を選んだのだが、思ってた以上の人生となった…。
次回へ…
