--世界的な快挙ですが、その後、苦労されたそうですね
熊井 卵を人工孵化(ふか)させて稚魚を育てようとしましたが、孵化して3日くらいの稚魚は水面で空気に触れたり、水槽の下の方に沈んだりして死んでしまいます。どうしたらうまくいくのか悩みました。水槽の下から空気を送り込んで浮き上がらせるなど、さまざまな方法を試しました。
--生態解明の研究も進めました
熊井 狭い水槽やいけすだと、ぶつかって死んでしまうこともありました。夜に電気をつけたために稚魚がパニックを起こしたり、近くで花火大会があったときに音に驚いてぶつかったり。夜も適度な明るさを保つようにし、物音にも注意して、一つ一つクリアしていきました。
--研究が頓挫しかけたこともあったそうですね
熊井 最初の産卵から11年間、マグロが卵を産みませんでした。どうやってもうまくいかず、「もうこれは駄目だ、やめよう」という意見も出ました。
--当時は所長の立場。責任も感じていたのでは
熊井 一番の責任者でしたので総長に報告とおわびに行きました。すると総長は「生き物というのは、長い目で見ないとあかんよ」と。あの言葉があったから、近大マグロの今がある。トップの言葉がどれだけ重要かが身にしみてわかりました。
--次に卵が産まれたのはいつですか?
熊井 平成6年、最初の取り組みから二十数年たっていました。約1900匹が順調に育ち初めて室内から海の水槽へ移しました。ところがいけすが狭く、翌朝見に行くと水面が(死骸で)真っ白になっていました。
--海に移してからも難題続きだったのですね
熊井 1カ月後に生き残っていたのは2・3%だけ。悔しくて、翌年はいけすを大きくして再挑戦すると16・4%まで改善しました。10年には55・7%まで上がりました。
--半数以上が育つようになりました
熊井 平成6年の卵は生後246日で最後の1匹が死んでしまいましたが、体長は40センチ以上、体重1・3キロにまで成長していました。7年の卵は2年後も17匹が生き残り、20キロくらいになった。世界初、人工養殖で作ったマグロがここまで成長できたのです。
--次に目指したのは人工養殖のマグロからの産卵だったそうですね
熊井 最初に捕った天然のマグロは5年目に卵を産んだので、人工養殖のマグロも5年で産むだろうと観察していました。ところが6年、7年経っても産まない。そうしているうちに、台風が来て大被害が出てしまった。数が激減したうえに雌雄の区別もつかなくなって。仕方なく年の違うマグロを一緒のいけすに入れると卵が産まれたのです。平成14年でした。
--その時の心境は?
熊井 出張で大阪にいるときに電話がかかってきて、「産まれた」と。ところが、ちょうどほかの魚も卵を産む時期で、タイの卵などは大きさもよく似ている。だから、「孵化してみないとわからん」と慎重になりました。出張から帰って確認したら、やっぱりマグロだったんです。
--マグロの養殖を始めて32年。大成果でしたね
熊井 言いようのない感動でしたね。平成3年に亡くなられた前任の所長の墓前に手を合わせて「夢にまでみたマグロの完全養殖が、とうとう成功しました」と報告しました。産まれた稚魚も2年後に20~30キロまで成長しました。(聞き手 秋山紀浩)
関連記事
EUのブラウン管カルテル制裁 LG電子は提訴の構え
至急回答お願いします!ツアラーVのトルセンについて。こちらの商品ですが、8イ...
学生カードって手続きをして何日後に使えるのですか?
第2次安倍内閣 昭恵夫人「役割わかっている」
壁に穴があいてしまった
