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週明け・・リスタート。

週が明け、月曜日。

出勤してみたが、案の定、皆それぞれが

それぞれを報告し合う。


午前中は社内の片付け。

まだ私が勤務している事務所が一番マシ

だったそうだ。日立・水戸・ひたちなか・鹿島

と相当被害をこうむっており、半壊状態とのこと。


ユーザー自体も通常業務ではない模様で、

まずは復旧作業を急いでいることだろう。


午後電話をもらう。

メールで無事とは分かっていたが、声を聞くと

ほんと無事で良かったと思ったし、自然とウルル

ときてしまった。


私が次に出来ること。

自分のことが落ち着いてきた今、出来る限り自分が

できることをしようと思う。

それは何か?

無力と思わず、些細な手伝いや、笑顔を出させる

ことをたくさんやろうと思う。



話題急変。

そういえば。

学生の時以来久々にコインランドリーに行ってきた。

依然断水状態なので、選択物を一気にやっつけて

きてやった。


若干だがストレス解消。



震災にて・・・2。

震災から夜が明けて、相変わらず余震も続く。


午前中、消防車に乗り込んで地域を巡回。

至る所で道路が陥没していたり、瓦や土砂が

崩れていたりと・・・・。

筑波山に至っては、大きな石が落石し、道路を

塞いでいた。


そんな中、お墓を見てきたが・・・大きな墓石が

ずれいたり崩れていたり・・・。結構ショック

だった。後で親父とお線香を片手に「後で

必ず治します。もう少し待っていてください」

と誤ってきた。


午後から街中を見て回ったが、GSが混んで

いたり、コンビニが混雑していたり・・・とにかく

そんな姿がほんと悲しかった。


テレビでは原発ばかり。

専門家がよくわからないことばかり言っている。


被災してみてわかったが、これほどまで心を

傷つけるものとは想像していなかった。


土曜日深夜、ようやく電気が復旧した。

まだ水がこないが、少しずつだがライフライン

が復旧してきている。


仙台や岩手の人に比べれば、電気が通った

だけでも、家があるだけでも贅沢かもしれない。


改めて思う。

「無事」であったことが、ほんと何よりだということを。

震災にて。

とりあえず落ち着き始めたので記すとしよう。


金曜午後、会社先輩とユーザー先から帰社

途中に地震が起きた。

「慣れ」ってのは怖いもので、今まで大きめな

地震が来ても驚くことがなかったが、今回の

地震は・・・・。

車の中で体感したが、あまりの大きさに驚愕

した。


会社に戻ると、事務所のある2F入口から1F

が見えていた。壁と壁の間に隙間が出来ていた。

天井からは換気扇が落ちていたり、穴が

空いていたりと・・・。


とにかく無事で何よりであったが、それと

同時にみんなのことが不安と心配になる。


つながりにくい携帯から、少しずつ安否情報

が入ってくる。「無事です」と言う言葉が何より

ホッとした。


実家について。

幸いにも屋根の瓦が落ちることはなく、

部屋が若干メチャメチャだったが、家族

皆無事であった。

被害と言えば・・・親父の骨董品が破損して

おり、顔には出してなかったが悔しそうに

していた。そんな姿を見ていると心が痛い。


ライフラインに関しては全滅にて、つくば市内は

電気も水も復旧していたのに・・・それだけに

もどかしさがイライラ感を募らせていた。


夜。

強い余震がひっきりなしに続いた。

恐怖から、それが「慣れ」になっていくことが

なんとも恐ろしかった。

筑波山復旧状況。

とりあえず色々書きたいが、状況報告まで。


ライフラインは・・・昨夜電気は復旧。

それ以外は未だストップ。


近所の家の瓦が落ちたり、壁や地面にひび割れ、

陥没が多々ある。


ちなみに私の家はとりあえずは無事でした。


色々な方からご連絡を頂き、ありがとうございます。

私は無事です。


あ!今余震があり、スピーカー落下・破損。


まだまだしばらく時間がかかるだろうけど・・・・


とりあえずみなさん頑張りましょう。

不思議な会話。

ユーザー先でのこと。

担当者と取締役の方を前に、提案書を出しながら

色々と話をしていると・・・。


取締役の方が話をし始め・・・。


怒っているのか?

笑っているのか?

お願いをしているのか?


なんだかよくわからない会話となっていった。


結局。


最後は謝りながらもお願いされて終了。


う~む・・・・。


なんだったんだろうか?