早いもので もう大晦日か。
光陰矢の如し (こういんやのごとし)
とはよく言ったものであるが、
俺はこの言葉を、毎年言っているような気がしてならない。
君らの為に
もっとわかりやすい別の言い方をすると
光陰どなたかの夜の契りの如し 
これは俺の事か?
余計なお世話だ。 深く突っ込まないでくれ。 俺の領域だ。
なんびとも俺の領域に足を踏み入れてはならぬ。 💛 別にいいけど。笑
で、なになに
今年の漢字一文字が 密 ってか。
これは 秘密・内密 の 密か。
秘密の味は蜜の味か ふっ (-。-)y-゜゜゜
俺が今年の漢字一文字を決めるとするならば
愚
だろうな。
お ろ か
そして2020年は、
見栄という霧により今まで隠されてきた事実、があからさまになった年でもあり、
その霧が晴れ、今まで隠されていた事実がはっきり見えた事により
微(かす)かなる希望が絶望へと変わらざるを得なかった
という、俺の中での歴史的変換点と成りえた年であった。
そしてこの事実は
この暮れの、この大晦日に至るにおいても
そこに多数存在する雑巾の群れによって
より揺るぎなきものとして証明された事になる。
俺は少なからず信じていたんだぞ。
霧が晴れても光はあると信じていた。
その信じる心を、まるでこの世のゴミくずを踏み潰すように
ぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまった。
巨人に踏み潰された人類のように。

もう、
過去という現在よりも平和な世界への後戻りはできない。絶対に。
そういう世界に
まともな大人たちや罪もない子供たちを引きずり込んだのは
疑う余地なく思考の存在しない雑巾たちだ。
新しい生活様式を自らすすんで受け入れておいて
「567の前の生活に戻れますように。」 とは
どれだけ甘っちょろくて自分に都合のいい生き方をしているのか。
話は変わって
本日、大晦日の17:30 ぐらいであったけど、
年を越すために食らうための食材を 俺が 使いっぱ(パシリ) の如く
大型スーパーへと買い出しに行かされた。
行かされた というか、
「俺が行くよ。」 と 自分の意思で行ったんだが。
肉か? そうかそうか、 肉が食いたいんだな?
そば なんて どうでもいいな。
まずは、
人間という愚かな生き物のために殺(あや)められた動物の魂が宿る肉を、
売り切れなく購入し、その魂に ありがとう と手を合わせ
食してあげるのが 罪ある人間の、少なからずのつとめだろう。
売れ残って 捨てられてしまう肉の事を考えると
目頭が熱くなる。
だからこそ 肉 であり
そばはどうでもいい。どうでもいい って事もないけど。
(別にそばがいい人はそば食えばいいよ。そんなの人権がある限り自由だ。)
で、
その大型スーパーは、平日とは比べ物にならんほど
多くのお客でごったがえしていて、
鮮魚コーナーには
昨日まで元気に海を泳ぎ回っていたであろう魚たちが
悲しい目をして横たわっていた。
昨日まで元気に生きてたんだろうから、そりゃ、新鮮だろうな。
昨日まで元気いっぱいだったんだろうから。。。
昨日までは元気だったんだよな。
昨日までは。。。
昨日までは楽しかっただろうな。。。
今、そこに 悲しい目で横たわっている昨日まで元気だったであろう魚に、
恋人 というか 恋魚 もいたのかもしれない。
昨日までは。。。
そんな楽しかった 昨日 までもを思い出せないような姿にされて・・・・・・・
帰らぬ昨日という終焉(しゅうえん)の日
料理がへたくそな者に まずい煮つけにされ
家族みんなから 「まずい」 と言われ
食べ残された可哀想な魚たちがいない事を切に願う。
で、
こっちの売り場の ノルウェー産のサーモンの切り身は
いったい いつ頃 までノルウェーで元気に生きてたんだろう?
など、
いろいろと変な事を考えてしまう。
この明太子だって
子孫繁栄の為の 明太子 なんだよな・・・・・・・ とか
子持ちシシャモなんて もってのほか、
人間に例えれば 妊婦さんを捉えて拷問の末、
腹の中の新しい命ごと、その全てを絶ってしまったようなものだ
そしてそれを親子いっぺんに焼いて食うのか?
拷問して殺した上に やっ、焼いて 食うのか?
おーまいがっ! ジーザスクライス!
この世界とはなんて残酷なんだ。
あぁ・・・・・・・
俺は 買い物 には向いてない男なのかもしれない。
買い物に行って 一匹まるごとの魚なんかを見てしまう度に、
上記のような、 その魚のドラマ を思い描いてしまうから。
魚の切り身(刺し身)を見ても、そんな事はあまり思わないんだが
目のある1匹まるごと を見てしまうと・・・・・・・
というか、目のある1匹まるごとの魚の目は直視できないよ。
で、そんな中、
その大型スーパーの大勢のお客の中に
ノーマスクは 俺 ただ1人
ここのスーパーは マスク着用義務 なんて謳ってないんだぞ。
別にマスクしなくても入れる大型スーパーなんだけどな。
それでも みんなマスクしている。
その確率を100%にできないのは
俺がいるからだ。 残念だったな。
しかしな、おもしろい事に、
ノーマスクな俺を気にしている人は、まずもっていないんだ。
視線なんて微塵も感じない。
みんな何も気にしていないんだな。
逆にレジの女性なんて、俺がレジで会計してもらってる時に
俺のカゴに入っているブロッコリーを手にしながら
「今日はブロッコリーが安いですよね~」 とか言いながら
バーコード を ピ! と。
他にも レジ袋の事とかを
いろいろ話しかけてくるんだよな。
ノーマスクの人間を 避けているのなら
絶対 話しかけてはこないだろ。
なんだ
「今日はブロッコリーが安いですよね~」
って。
これじゃまるで、俺が
安いから ブロッコリーを買った と思われているような気がするじゃないか。
違う、安いから買ったんじゃない、
ブロッコリーが食べたかったから買ったんだ。
そこを誤解されていたら
俺もほんと 困るわ。
ま、こんな感じで
誰も ノーマスクな俺を 気にもとめてないのさ。
あれだけ多くの人がいても
ノーマスクの俺を気にして視線をあびせている人なんて1人もいない。
みんな食い物に夢中。
食い物は青春時代の恋人なのか?
あの時あなたが愛しても愛しても手に入れられず、
親友のあいつに奪われてしまったあの人なのか?
逆に俺が、そんなマスク派を じっくり観察している状況だ。
「アナタたちはいつまで騙されてるの?」 とか思いながら。
もう、みんなさ、自分がマスクをしている事など忘れているぐらい
マスクが皮膚の一部になっているんだろうな。
自分でも、
自分がマスクをしている事など気付いていないんじゃね?
これは、
俺がこの1年、ノーマスクだったから感じ取れる事なんだろうな。
よって、
マスク派には絶対に感じ取れない事だと思う。
実際、誰も気にしてねーんだよ。
他人の目が怖い と思っているだけ。
ただ自分だけでそう思っているだけ。
怖い怖いと思っている人の目は
単に自分が作り出しているだけの幻想なんだろう。
いわゆる 被害妄想
何もチャレンジしないからこそ
何も打開する事が出来ず、
いつまでたっても しょーもない時空を右往左往しながら
自分はおろか、他人や子供の首を絞め続けている。
チャレンジしなければ
ずっとこの状態は続くし、
今より良くなる事など絶対にあり得ない。
上記のような感覚を、マスクを外して感じてみな。
その勇気があればだが。
俺にとってはそんなくだらないことなんて
勇気でもなんでもないけどな。
それが 勇気 となってしまった世の中とは
いったい どんだけくだらない世の中なのか。
コロナは続くよどこまでも ♪
そんなコロナに騙されて ♪
良いお年を 