MARIA/般若~この世は愛と鬼~ -68ページ目

MARIA/般若~この世は愛と鬼~

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絶対揺るがない強い信念と努力さえあれば大抵の事は乗り越えられると思う

俺はそう信じてるし、そう思ってがむしゃらにやることしか出来ない

それが長所ともいえるかもしれないけど、短所でもある

赤い布を見て突進する暴れ牛の如く

その反面、向かうべき標的が定まると周りが見えなくなる

でも標的がなければどこへ向かっていいのかもわからず見境なく突進してしまう

まさにそんな暴れ牛のよう

なんて不器用な人間なんだ

自分が嫌で嫌で堪らなくなることが少なくない

家に帰れば、唯一落ち着く場所でもある風呂で、己との対話が日課

今の夢を志してからは、毎日毎日毎日毎日孤独との戦いで、ときに、いなくなろうかと思った事もあった
何のために毎日こんなことをしているのかと
そんな日々のせいで、自分と向き合う時間も自然と増えていった

そこでひとつの結論が出た

大事な人に裏切られ、仲間だと思ってた人にもコケにされ、信じたいと思う人を信じられなくなり、次第に傷つくことから避けるようになった

その結果、周りの目を気にし、どう思われたいか、そんなことを体が自然と気にするようになる
もちろん頭では傷つくのを避けるために、一人でいるほうが楽だとか、人は信じないとか、そんな事を考えてる
それが態度や顔に出始め、次第に笑顔も無くなっていった

人とバカ言い合ったり、語ったりはもちろん、人から避けるようになる
もちろんそんな奴に近寄ってくる人間など皆無

でも頭では誰かに必要とされたい、自分も誰かを信じたいと思ってやまない

やがて、そんな日々が続く事で体に異常が出始める

あんたは強いから、
そんな事言われたら弱音なんか吐けない

そもそも楽になりたい
考えなくていいことに神経磨り減らして、目の前のやるべきことが手につかなくなる

そんな毎日に疲れた

いつか時間が解決してくれると信じ、自分でも解決法を模索しながらも、自分の中の善と毎日対話しながら、自分の気持ちを奮い立たせながら、自分に負けないように頑張るしかない

誰を大人と呼ぶのか、誰を警察と呼ぶのか
子供の指針や憧れとなるはずの人間は、もはや現代の世の中には少ない

テレビをつければ警察が逮捕され、教える立場の先生がいじめをしらんぷり
そんな世の中で誰が希望を持って生きていこうと思えるのか

腐った世の中

でも俺は生きていかなきゃいけない
何があっても

生きたくても生きれなかった命はたくさんあると思う

まして、人を命懸けで助ける、そんな人になろうとしてる人間が自ら命を絶とうなどあってはならない

誰がそんな人間に助けを乞うだろうか

誰かが言ってたな

「生きてさえいればチャンスは必ずやってくる。生きてさえいれば。」と

本当にその通りかはわからない
人によって人生は様々
楽していい生活送る人もいれば、努力しても苦労が絶えず、どぶ水飲む思いしてる人もいる

でも生きてさえいれば、頑張ることは出来る
命を断ったらそれすら出来ない

それはあまりにも哀しい

そんな事を考えてると、今、自分がやるべきことはなんだ、と善に言われ、頭をひっぱたかれたかのように我にかえる

よし
また明日から気持ちを新たに頑張ろう
がむしゃらにやることでしか考えなくて済むのならそれも一つの手だ
今はそう自分に言い聞かせてやるしかない
また落ち着いたら自分と向き合ってみようと思う
その時には一歩でも先に進んでいればと願う





「気持ち大事」
「全ては心が決める」