7年前、イタリアンのお店に就職出来て幸せだった。
休む間もなく体力の限界を越えて働く充実の毎日。
夢に向かっている夢の日々。


でも、あっという間に終わってしまった。
色々考えて退職した。
その後ほんの数カ月後にお店は潰れてしまった。


飲食店への正社員での就職は更に不可能な年齢になっていた。
そこで、パンやお菓子をお店で作っては焼きたてを売るお店とファミレスのホール係のパートに着いた。
いずれ、パンとお菓子の店では主に製造担当を、ファミレスも欠員がでたら厨房に変えてもらうつもりで入った。

ところが、働いているうちに、いわゆる接客の楽しさにハマってしまった。


新しく出逢ったやり甲斐に2年間真剣に取り組んだ。


ところが、
今、娘が分娩室で陣痛と戦いながら頑張っています。
何も肩代わりしてあげられない現実を噛み締めつつ病室で待機しています。

生まれてくるのは男の子だとわかった頃。若夫婦は命名に知恵を絞りました。「和風の名前がいい。」「いいね。」「Aイチローとか…」「Bジローとか…」等々。
ある日プレパパは友人に聞かれました。「名前決めた?」何故かとっさに何も思い出せず、口をついて出てきた名は「玉三郎!」
ーああ、ごめん。それ私のせいだわ。

でもその日から、娘のまあるいお腹の中の赤ん坊は「玉ちゃん」とみんなから呼ばれるようになりました。

さあ玉ちゃんプレママと一緒に頑張って!!
みんなで待ってるからね。
初めて、お店のカウンターの外側から内側へ足を踏み入れた時は感激しました。とうとうこちら側へ来たと。

夢を叶える方向に本当に動いているんだなあ、なんて思います。


飲食店に、しかもこのお店に勤めていることがすでに夢のようですが。


とはいえ、
今日はまだ大丈夫ですけれど、冷静に考えるといい歳をしているので、年々体力が衰えていくのだろうと思います。


他にも不安要素は有ります。


更年期障害に明日から苦しむ事になるかも知れません。


趣味を仕事にした事で生まれるしんどさなんかも出て来そうです。


喜んでばかりもいられません。

手放しで浮かれて打撃を受けてはいけません。


でも前もって取り越し苦労をつのらせるのも、無意味です。


予防出来る所はしつつ対処療法で乗り越える心づもりや覚悟をしておかなければ、と思います。