〓mAi*cAfe〓

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俗に言うショートショート、あるいは掌編小説と呼ばれるものを専門として書く小説家、MAIの小説ブログです。

ジャンル説明

*ショートストーリー→一話完結の掌編小説です(Re:makeとは過去別サイトで公開したものを新たに作り直したものです)すらっと読みやすく、はないかもしれませんが(笑)わりとすぐ完結するので間延びしません。暇つぶしに是非。

*セミショート→数回連載する短編小説。題の横に付く数字は第何話かをしめしています。ショートでは無いストーリーの広がりがあるので、多岐にわたるバリエーションがあるとかないとか(笑)

*その他ジャンル→シリーズものとして多期間に渡って連載するものです。更新頻度はかなり遅いことをこの場を借りて謝罪しておきます(笑)

*ブログ→ときに作成秘話を語ったり、既成作品をテーマ別に紹介したりしています。気が向いたら見てみてください。
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中でも得意だったのは忍び足だった。


誰に気付かれるわけでもなく、さっと入り込んでは獲物だけをいただく。


その所業は間抜けな家のやつらなら、盗みが入ったことにも気づかないほど。


変化して耳やしっぽを隠し、色仕掛けで人を化かす同類よりも、はるかに上等な手段だという自信があった。


色仕掛けにひっかかるのは馬鹿な人間だけ。


でも私の場合は、相手が馬鹿でなくても構わず盗める。


彼らとは違う。彼らとは・・




「そんなところを探しても金目のものはないよ」


慢心していた私の胸に、声が突き刺さる。


年貢の納め時がきた。……心が縮み上がるのが分かった。











―――懇々―――





声は奥の部屋から聞こえていた。

まだ姿は見えない。


「(走って逃げるか…いやっ)」


入り口まで出るには、その部屋の近くを通らねばならない。

あちらもそれが分かっていて、しめしめと銃を構えているのかもしれない。


でも…私には疑問が浮かぶ。


「(なぜここの家主は、私に声をかけたりしたんだ…)」


私は、気付かれたことに気付いていなかった。

不意なんていくらでもあって、後ろから、ずどん、とやればそれでよかったはずなのだ。


緊張で流れた汗が床に落ち、ぽちゃんと音をたてる。




ごほ、ごほ…

悪い咳が聞こえてきたのは、そんな時だった。



「(これは………あまり長くないかもしれない…)」


肺を病んでいる者の咳だった。


そういえば、先ほどチラリと見えた部屋のなかで、床についているように見えたのだ。


寝込んでいる、ならば逃げ出す機会もあるかもしれない。


少し希望が見えてきた、と、思っていると「なあ」と再び家主の声。


私は身構える。内容如何ではすぐにでも走り出せるように。


でも、次に聞こえてきた言葉は、遥かに予想を越えた一言だった。


「そんなところより、奥の納戸を調べれば良い。大したものは無いが、多少なら値段が付くものも置いてあるだろ…ごほっごほっ…」


咳が止まらなくなる家主。


………。 





私は何かを悩む。


しばらくは動かなかったが、ふらふらと歩きだしたその先は、納戸ではなく家主がいる座敷だった。


起き上がって咳き込んでいる家主まで近付くと、背中をさすってやる。



「ごほ、ごほ…やさしい狐さんだ…ごほっ」


「しゃべるな」



しばらく落ち着かない、尾をひく咳だけが夜半に響いていた。



「…どこの世界に、泥棒へ財産さらけ出す家主がいるよ。あんたお人好しが過ぎるんじゃないか」



黙りこくっているのも気まずくなり、そっと口をひらく。


咳をしながら、はは、と乾いた声で笑った。


「じゃあ…優しく背中をさすってくれる狐さんは、お人好しじゃないのかな、ごほっ…」


「うるせえ。だからしゃべるなって」


苦しそうなのに、なぜかどこか楽しそうだった。


口元も緩めて、しばらく。


咳は少し落ち着いた。



「…ふぅ。人と話したのは久しぶりだ」


「私は人じゃないぞ。……村の奴らとかと話さないのか」


「皆、うつる病気ならいけないって、避けているんだ」


楽しそうだった表情が、すこし陰る。



「でもまぁ、長くない命だ。構うことはない」



…それはさっき、私が考えていたこと。


でも、本人が口にするその言葉は重々しくて。


私は肯定も否定もできずに、黙りこむしかなかった。







行灯から漏れる光が、そよそよと揺れる。


それほど強い灯りではなかったが、温かく部屋を照らしていた。


近頃、冷える。


風が吹きすさぶ外に比べると、とても居心地の良い場所だった。




…どうして私は、こんな明るく温かい中にいるんだろう。


ふと考える。


こんな風にいるのが当たり前、なんて顔をして居座っているような存在じゃないだろう、私って奴は。


そぐわない。


私には冷たいねぐらがお似合いだ、と、私は立ち上がった。


けれど。



「ごほっ…すまない。表の井戸から、水を汲んできてくれないか」


頼まれてしまう。


…それを断れるほど、非情にもなれなかった。





外に出た途端に、一陣の風が吹き抜ける。


一気に身体が冷たくなる。


外に井戸を見つけ、言われるがままに、水を汲む私。


ついでに一口、自分の喉の奥に流し込んだ。




「…だよなぁ」



予想はしていたけれど、水は身を裂くような冷たさだった。


これでは、体を冷やしてしまう。また咳き込んでしまう。


………。


私はまた、何かを悩んだ。




「なんだって今日は…」こんなにも、体がざわめくのだろう。



なにかをしないと気がすまないような気になるんだろう。



私は奪う存在で、与える存在じゃないのに。





らしくない…らしくないんだ。


私は、林の方へ走り出した。

















「…おや。狐さん。いつの間に戻ってきていたんだい」


「今度は分からなかっただろ」



少し得意になって笑いかける。


気付かれてなるものかと、全身全霊で気配を消して、先ほどこの家に戻ってきていたのだ。


……いやまぁ、実を言うと、物音が聞こえないように、すこし空気に細工をする術を使ったが……でも、それだって私の実力だ。うん。




「水、汲んできたぞ」


「井戸はそんなに遠いところにないだろ」


「ちょっと道に迷ってな」



かはは、と乾いた声で笑う家主。


そしてボソリと呟く。



「もう死ぬまで会えないかと思っていたよ」



その言葉に、また、背筋がひんやりする。


目と目の間が、じんわりする。



「……そんなこと、言うな」



気持ち、心から溢れてくる。


止めどなく、感情が膨れ上がる。



「死ぬだなんて…本当でも言うな」




脳裏には、私の親の輪郭が浮かぶ。


私は小さかった、輪郭でさえ、ぼんやりとしか覚えていない。



ある日突然いなくなった。


あまりにも突然すぎて、直後は悲しむこともできず、でもなんとか生きることができた。


でも。


数年、経つにつれ、じわじわと。


寒くなるねぐらに、ふと悲しみが襲ってきたりするんだ。


いなくて問題なくても、顔すら覚えていなくても、



そこにいたんだ……私の目の前に、いたんだ。




「目の前に、誰かがいて、そいつとまがりなりにも繋がりができてしまったなら、私は…期待しちゃうんだよ」



今を。その先を。


好くでもわけでなくても構わない。


嫌われることにだって。



それが当たり前のように続いてくれるんだって。






家主の近くに座る。手にしていたお盆を置いた。



「………それはなんだい」



ずっと見えていただろうに、今まで口を開かなかった。


ゆっくりで…優しい声。



「…きのこで出汁をとったんだ」


野と山を風のように駈けて、それでもまだ足りぬと心を跳ねさせ、必要な食材を集めてきた。


必死になる、その理由も分からないまま。




家主は、私の言葉を聞くとふんわりと笑ってこう言った。



「おかしいな。頼んだのは水だったんだけどなあ」


「うるせ。水じゃ冷えるだろ。灰汁をこまめにとってじっくり火にかけたんだ。じっくりとしっかり温まるように」


「そっか、それは時間がかかるわけだ」



身体を起こしてお盆の方に手を伸ばす家主。


お椀を手に取ると、私の方へ向き直る。


私は、思わず、身を固くして様子を見守った。


…のだが。


「じゃあ、最初の目的とは違ったけど…」


気づけばお椀が差し出されている。




「さっきはありがとう。お礼に一緒に飲もうかと思って水を頼んだんだだけど、もっと素敵なものになったね」


「ばっ…」



馬鹿と、言いたかったのに、言葉にならない。



一瞬、自分が自分じゃなくなったみたいに停止する。



私に水を頼んだのは……私のため…………



そういえばあのとき、私は外に出ようとしていて、寒いねぐらに帰ろうとするところで……







「…ば、馬鹿…」と、しばらくしてから言い出す間に、奇しくも私の手には一つの器が収まっている。




「これ、は…お前、の、ために……」



しどろもどろになってる私の手から、今度は器を奪う家主。



「そうだね。頂かなきゃだね」



なんなんだよ。と声にならない。



ほんとなんなんだよ……




「……はぁ。美味しい」



家主が漏らした一言に、安堵のため息を漏らす私。



するとどうだろう。止まっていた心が嘘のように動き出す。





「だ、だいたい、私へのお礼を、私に頼んでどうするっ」


「ああ。失礼だったね。ごめんよ」


「それに、どうせ飲むなら、なんで最初に私へ器を渡したんだよっ」


「ああ。そうだね。悪かった」



打てば響く。


家主が言葉を口にするたび、私の中で広がっていく。


なにか。




それはまるで、温かい出汁のようで…


心の中が、じんわりと温まっていく…





「……ばか」




私はたまらず、泣き出した。




終。
 




「んっ?唯ちゃん。どうしたの?」


施錠していたら、後ろに唯ちゃんが立っていた。


唯ちゃんはいつも可愛らしいワンピースを着ているので、一見、入院患者には見えない。


「屋上閉めちゃうの?」


「うん。もう暗くなってきたし。どうして?」


「・・・」


唯ちゃんは、残念そう・・




ガチャン。


私は鍵を回す。



「はい、5分だけよ」


私が扉を開けると、ぱあっと笑顔を咲かす唯ちゃん。


ますます、患者さんには見えないんだ。




─── 喧騒遠く ───




屋上に出るや否や、走り出しそうになる唯ちゃんを「ちょ、待った!」と止める。


唯ちゃんの病状は多少走っても問題ない。


ただ何かに躓いて転びそうなくらい暗かったから、「ほら」と懐中電灯を渡してあげた。


「でも、走っちゃ危ないからね」


うんうんと、うなずいて歩いていく唯ちゃん。


走っていこうとした方向と同じ、一点を目指して歩いていた。


「そっちに何かあるの?」


私の言葉は薄闇に消えていく。


唯ちゃんが持つ懐中電灯だけが世界を照らしていて、あとは暗かった。



「・・無視しないでよー」



まだまだ歩いていく唯ちゃんに、か細く問いかける。


実は暗いところは苦手だった。


渡さなきゃよかった。懐中電灯。




唯ちゃんが立ち止まったのは、屋上の端っこ。フェンスの前。


そこまで来ると、ようやく。唯ちゃんの“理由”が分かった。




「・・そうゆうことか。」



フェンス越し、遠くの方に、鈍く夜闇を照らす灯り。


ぼんやりとしか見えないほど遠い、その神社の境内。




今日はお祭りなんだって、患者さんが話してたっけ。




「そっか、お祭り見たかったのか」


「ううん」



懐中電灯を片手に、首を横に振る唯ちゃん。


もう片方の手で、フェンスを掴んでいた。


ぎりり、とフェンスが握られて音を立てる。



「屋上なら、太鼓の音、聞こえるかもって思ったの。でも、聞こえないね」


唯ちゃんの声、しっかりとした声だった。


静かな屋上に、しんと響いた。






遠い・・。遠い。


喧騒はここまで届かない。



遠すぎた。お祭りなんて。


そんなの夢ですよ、そう言われているようで・・





「唯ちゃん。祭りと言えば?」


「えっ?」



私は現実を引き戻したくなる。




「連想ゲーム、祭りと言えば?」


「わ、わたがし!」


「良いねぇ、ふわっふわの甘々。私は、焼きそば!はい次は!」


「しゃ、射的!」


「輪投げ!たこ焼き!金魚すくい!はいはいまだいっぱいあるよー」


「お面!・・大判焼き。・・あんず、あめ」



途切れていく・・語尾。



ほろほろと、唯ちゃんは涙し始める。




私は驚かない。私が泣かせた。



私が。  泣かせた。



「・・ごめんね。いじわるして。お祭り行きたくなっちゃったよね」




私は、頷く頭に手を伸ばす。



わざわざ思い出させたのだ。



祭りのきらびやかな楽しさを、温かな喧騒の思い出を。


冷たくてさみしいこの屋上にいる、今を。



気丈な彼女の、素直な気持ちが聞きたくて。


現実と、無慈悲にも直面させたくて。


本当に意地の悪い、最低な大人なんだ。私は。




「唯ちゃん?」



私は精一杯の優しい声を出す。


せめて唯ちゃんがこれ以上悲しまないように。





「来年は行こうね。絶対」




それがじぶんよがりでも、願いの押し付けでも。


私は。誤魔化したり、したくなかったんだ。



泣くほどの気持ちを押し込めてるのを、そのまま我慢なんかさせておきたくなかった。



だってそうでしょ?

祭りに行きたいって泣いた君だって、君なんだよ。



「行ぐ。絶対行ぐ」


涙混じりの声。私はそんな資格もないのに、その頭を抱える。


その耳元で、「ごめんね」ともう一度、謝る。



小さな声を漏らして、唯ちゃんはもう少しだけ泣いた。






終。   


無限・・


世界って、永遠に色を塗り重ねたキャンバスみたいだ。


凄まじい。はっ と息をのむ。




・・でも、時に。


そのあまりに多彩な色合いのせいで、気持ち悪くなる。




それぞれの色が、水に滲みこむように混ざりあう。


溶けた世界。ぐしゃぐしゃ。


黒になれない濁った色が、じんわり広がっていく、そんな気になって。


もう・・・嫌になっちゃうんだ。









―めるとさいと―









「幅島ぁ、表紙絵できたかー?」


「まだ!」


「まだって、納期過ぎちゃうぞ。急げよ」



こっちだって頑張ってんだって!


叫びたい気持ちを、どっかに追いやって、私は手を進める。



子供の頃は、頑張っただけで「えらいっ!」と褒められた。



そんなの幻ですよ。誰かがそうして鼻で笑っている気がする。



現実の世界なんて、頑張ったところで、それだけで。


なんとかなるわけないじゃない。なんてこと。



人生早々に気付いたっての。 



正確で且つ速くペンを動かすのは、至難の業であって、相当高い技術だと思う。

だが、それをしてまだ、怒られるのだ。


連日、締め切り間近の追い込みでオーバーワークをしたせいで、指先が痛い目が痛い。


納期は明日。
私の担当分は終わらせたと言うのに、仕事が遅い先生のせいで追加分。
もともと私の担当じゃなかった表紙絵を回されてるってのに、

叱咤される。




これだ。これの方が現実で、幻じゃない方。



呆れるほどに理不尽で無茶苦茶で惨たらしい。


心をわざと殺して機械のようになる。


そうしなければ針のむしろのような現実などには、おられないのだから。










しばらくして、ペン入れを終えた表紙絵を、先生のデスクに置く。



「タバコ吸ってきます」



先生は何かを言おうとしたが、私はそれを言わせないほどの禍々しいオーラを纏っていた。


そう、怒っていた、私は。


理不尽さに押し潰されそうで

現実なんか吹き飛んでしまえと思った。


ずっとずっと、抜け出したくて仕方なかったんだ。











「あんな言い方しなくても良いじゃん。ダメだよ、誠意を折るようなこと言っちゃ」


ぷんすかと怒りながら、近くのコンビニを、目指した。


一番近い喫煙所ってわけでもないのだけど、なんとなくいつもそこだった。



向かいながら、イライラはなおも募る。



本来今日は休みの予定だったんだ。


半年前から話していて、了承を得ていて。


なのに、先生が勝手に安請け合いした仕事のせいで予期せぬ納期が生まれた。


それでも私は自分の担当分を3日も前に終わらせていたのに。




「あんにゃろー。もうアシなんかやめてやるっ!るっ!」



「幅島さーん、また独り言出てるよー」



喫煙スペースには、見慣れた影がいてモクモクやっていた。



「九条さん。私、アシやめるから!」


「だからいつも言ってんじゃん。勝手にどうぞ、って。私はただのコンビニ店員だから」


おそらく休憩中であろう九条さんに「火っ!!」と叫ぶ私。


九条さんは、当たり前のように「んっ」と答えてくれる。



差し出されたいつもの100円ライターをぶんどるように借りる。



「雑っ・・。今日は相当オコみたいねー」


「休日労働、超過勤務に加えて暴言だよ。もー嫌になっちゃふ・・」


後半はタバコを咥えながらなので、発音できなかった。


煙を肺まで送り込む。


そのままゆっくりと吐き出す。


何もかもを、一緒に・・








しばらくして、さっき強引に奪い取ったのとは対照的に、優しい手から「・・ありがと」とライターが返ってくる。


「(・・相変わらず、器用な人だな)」と思う。



街中を大声で叫ばなければならないほど激怒してても、数秒で切り替わる。


山のような仕事を積まれても、せっかくの休みがなくなっても、溢るストレスを一瞬でゼロにできてしまう。




「(いつもだ。どんな理不尽にあっても、それでどんなに傷ついても。すぐ、心ん中整理して。・・決して生きるのをあきらめない)」



うらやましいんだ。



・・時々色んなものに押し潰されて死にたくなってしまう私は、そんな幅島さんが、うらやましくて仕方がないんだ。




笑顔で優しい。そんな人柄が取り柄。


そんな人柄だけが取り柄。



例えば、冷たく社会性の欠片もないような人に、憧れの人を奪われたなら。


悲しくて、かなしくて。


でも、人柄以上に取り柄なことなんてないから、打ち込める趣味があるわけでもなくて。



どうしようもない気持ちを、余計に自分のなかでぐるぐるさせて。


目の前の風景でさえ、気持ち悪く見えてような、そんな私は。



心のなかで、二言目には「死にたい」だとか思ってしまう。



だから、愚痴りながらも、眩しいくらい「生きて」いる幅島さんが、うらやましい。



タバコ一本だけで、そんなにすぐ、心の色を切り替えてしまう幅島さんがうらやましい。




「幅島さんになってみたいなぁ」



ふと漏れる言葉。


すっと、目を向けてくる幅島さん。



「一回さ、何もかもを交換こして、幅島さんになってみたい」


「九条さんは・・そんなに休日労働超過勤務したいんだ」


「違うそうじゃなくてね」とつっこむ。



どう言ったものか、少し悩んで、口を開く。



「幅島さんって、なんだかんだ言ってやってのけちゃうでしょ?」


「まぁ、そういう言い方もあると思うけど。無理してるとも言えるんじゃないかな」


「とは言いつつ、ここまで続いているってことは、それは“できる”ってことじゃない?生きてるって、ことじゃない?」


「・・?」


タバコを指に挟んだまま、こちらを不思議そうに見た後、突然、笑い出した。



「おかしなことを言うなぁ、九条さんは」


「そう?」


「だってそれ、別に私じゃなくて良いじゃん。九条さんだって、なんだかんだここまで生きてきたんでしょ?」



あー、そうきたか。


確かにその理屈で言うと、幅島さんじゃなくても良い。


そうじゃない。そうじゃないんだよなー。


どう伝えたものか。思案しながら一服する。





「・・九条さんから見て、私は、どう見えてるんだろ」


吸い終わったタバコを灰皿に落とした。


不思議な気分だった。



「(私なら、九条さんになりたいんだけど・・)」



街中を叫びながら近づいてくる人がいたら普通近寄りがたいし避けて当たり前だ。


初対面のある日。避けるわけでもなく、「だからなに?」といった様子でそこにいたのが九条さんだ。


水面のような、穏やかな気質。


そこにいるだけで、当たり前のように安らぎをくれるような、そんなひと。


私は、私が生きやすいようにしか生きてないから。


誰かに分けてあげられるようなこと、何一つできないから。


そんな私になりたいと、そう思う九条さんには、どう見えているのか気になるんだ。


私が、世界が、その目にはどう写っているのだろう。




「どんな逆境にもめげずに、信じる道を進み続けられるひと、かなぁ」




・・聞いたことがあった。


人は誰かを語るとき、その人と照らして己を見るんだって。


その人が、どうしたいのか。どうありたいのか。


無意識にそれを語るんだって。




「(案外、思っている以上に複雑な人なのかなぁ)」



笑顔でなんでも受け入れてくれる分、内側に傷があるのかもしれない。


そんな風に感じたのは、初めてのことだった。



「・・わたしはね、自分がどんなに傷ついていても、笑顔で頑張っているひとを癒せるような、そんな人になりたいと思ってるよ」



気付くと呟いていた一言。


しかし、よく考えると「私のことどう思う?」から「こう思う」と来て「私はこうなりたい」って返事するのは、なんかおかしな文脈になってしまったと、ちょっと反省する。


そんなちぐはぐさに、九条さんが気がついたのかどうかは分からないけど、ふふっと笑った。


柔らかいその笑みが好きだった。




「さ、お互い仕事に戻りますか」


「やだなぁ、“溶けた”現実に戻るのは」


「ま、がんばろうよ」






ぐしゃぐしゃで、複雑で、よく分からない色に見える現実の中で確かなもの。


落ちた水滴で、滲まない、原色。


そんな色があるとするなら、心許す誰かの存在ではないだろうかと、そんなこと思うんだ。





「(願うなら・・)」と、相手に背を向けた状態で思う。




どうか。


私のなりたいあなたが、幸せでいてくれますように。



願った思いも、茫漠とした世界のなかに溶けていった気がしたんだ。








終わり。