
今日は「東日本大震災」から3年を迎えます。
昨年6月ですが、個人的に宮城県へ行って被災地で学んできました。
写真は、その時に訪れた「旧南三陸町防災対策庁舎」の建物です。
そうです!
何度か、テレビ番組で取り上げられたこともある
「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」
と、町職員だった遠藤未希さんが防災無線で呼び掛けた庁舎です。
防災無線で呼び掛けていた声は、多くの人の記憶に刻まれているのではないでしょうか?
この建物は、大震災に伴う約14メートルの津波により、第1庁舎および第2庁舎は流失し、防災対策庁舎は骨組みと各フロアの床および屋根等を残して破壊されてしまいました。
遠藤さんは、上司の指示で屋上へ逃げたはずでしたが、津波の後、屋上で生存が確認された10人の中にいなくて、約2ケ月後、志津川湾で遺体で見つかりました。
彼女は、介護専門学校に入学し、介護の仕事を志しましたが、地元での就職を望む両親の思いをくんで町役場に就職。その後、専門学校で知り合った男性と町役場に婚姻届を提出し、2011年9月10日には松島町のホテルで結婚式を挙げる予定だったそうです。
防災庁舎は”震災遺構”として残すべきかどうか 賛否両論 あるとは思いますが、やっぱり、この建物は防災無線の呼び掛けにより、多くの命が救われた場所として後世に残してほしいです!
昨年6月ですが、個人的に宮城県へ行って被災地で学んできました。
写真は、その時に訪れた「旧南三陸町防災対策庁舎」の建物です。
そうです!
何度か、テレビ番組で取り上げられたこともある
「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」
と、町職員だった遠藤未希さんが防災無線で呼び掛けた庁舎です。
防災無線で呼び掛けていた声は、多くの人の記憶に刻まれているのではないでしょうか?
この建物は、大震災に伴う約14メートルの津波により、第1庁舎および第2庁舎は流失し、防災対策庁舎は骨組みと各フロアの床および屋根等を残して破壊されてしまいました。
遠藤さんは、上司の指示で屋上へ逃げたはずでしたが、津波の後、屋上で生存が確認された10人の中にいなくて、約2ケ月後、志津川湾で遺体で見つかりました。
彼女は、介護専門学校に入学し、介護の仕事を志しましたが、地元での就職を望む両親の思いをくんで町役場に就職。その後、専門学校で知り合った男性と町役場に婚姻届を提出し、2011年9月10日には松島町のホテルで結婚式を挙げる予定だったそうです。
防災庁舎は”震災遺構”として残すべきかどうか 賛否両論 あるとは思いますが、やっぱり、この建物は防災無線の呼び掛けにより、多くの命が救われた場所として後世に残してほしいです!


