ここまでの話
Lost Bag (1)
Lost Bag (2)
Lost Bag (3)



「えーーーーー!!」


想像を超えた重要書類が出てきたことに一同驚いたが
連帯保証人確約書に記されたAさんの電話番号を見て
暗闇に光が差し込んだような安堵感が漂った。


早くAさんに鞄のことを聞かないと。
Aさんだって自分の鞄を失くして困っているはず。
酔い潰れて寝てしまったかもしれないが・・・。


時刻はもう3時近い。
Aさんは一人暮らしなのかどうかもわからない。
家族が一緒だったら深夜の電話に驚くかも。
でも仕方がない。


ママが番号をゆっくり確認しながら電話をかけた。
こんな時間に間違い電話なんてかけたら洒落にならない。


「はい。」


女性の声。
Aさんの奥さんだった。
ママが事情を説明する。
Aさんが見慣れない鞄を持って帰ったことに
奥さんも気が付いていたらしい。


「・・・ということで、鞄を持っていかれたお客さんが
とても困っていますので、すぐタクシーで届けてください。」


「はい、本当にすみません。
でも、直ぐにはちょっと。
化粧をしないと・・・。」


「化粧ですかーーー!?
化粧はいいですから早く来てくださいね!」


女性には、すっぴんに部屋着でも外に出られる人と
メイクをして着替えないと外に出られない人がいる。


Aさんの奥さんは後者のようだった。
非常事態が発生すれば着の身着のまま飛び出せても
緊急性を感じなければ身だしなみが優先されるのだろう。


S区にある駅近のAさんの自宅あたりだと
夜中でもタクシーを呼んだらすぐに来てくれるはずだ。
この時間なら道もかなりすいている。
Aさんの自宅からママの店までは
車で15分もあれば着く距離だ。


あとはAさんの奥さんが
鞄を取り替えに来てくれるのを待つのみ。


BさんとCさんはお役目ごめんとばかり立ち上がり
自分たち同級生3人組が騒動を起こしたことを詫びた。
2人はこのあと電車の始発までカラオケ歌広場で歌うらしい。


Aさんの奥さんが着替えて軽くメイクをしたとして
さらに少しタクシーを待ったとしても
30~40分も待てば来るだろう。


夫は一連の騒ぎですっかり酔いも覚めていた。
酔ったAさんが道路に落としたという鞄の状態も気になったし
財布もないのにタクシー料金をどうやって払ったのかも気になったが
とりあえずママたちと飲み直しながらAさんの奥さんを待った。


45分経ち、1時間経ってもAさんの奥さんはなかなか現れなかった。


さらに待つこと数10分。
電話をかけてから1時間40分経過していた。


ついに奥さん登場!!


ばっちりメイクに髪型も決まったスーツ姿の
見るからにエグゼクティブな女性が店の扉を開けた。
時刻は4時半を過ぎていた。


果たしてAさんの奥さんが持ってきた鞄は夫のものだったが
気のせいか少々くたびれた感じになって戻ってきた。
鞄の中の状態はと言えば・・・。


Aさんはタクシー料金を支払う際に自分の財布が見つからず
夫の財布から数千円取り出したのであろう。
お札や小銭が財布から飛び出して鞄の中で散乱していた。
とりあえずタクシー代は奥さんから返して貰った。


奥さんは騒動の原因となったAさんの行為を詫びた。
改めてAさんと一緒に謝罪に来ると言って爽やかに店を出て行った。
その足で仕事に向かうとのことだった。


というわけでほぼ一件落着。
夫は無事に鞄を取り返すことが出来たが
数時間の間に出会った人たちの濃厚さに
さすが深夜の新宿三丁目は違うと感動を覚えるほどだったという。


(おわり)



photo:01