りょんりょんは、脳症の急性期から発作が出ていて、そのまま発症した後遺症のてんかんは回復期にかけてどんどん形が変わっていった。
意識が戻ったかな…と思われてすぐにボーッとすることがたびたびあり、なんかおかしいと思い脳波を撮ってもらったら、てんかん発作だった。マイスタンを予防ですでに投与されていて、さらに
テグレトールを追加したが、どんどんボーッとする発作が増え、フェノバールに変更したら、カクン、カクンとおじきをする発作に変わっていった。
日に日にスパズムはシリーズ化し、1日に5〜8シリーズ、合計100回近くのスパズムをおこすようになった。
当時の主治医は1歳過ぎての発症だから、(脳症になったのは生後11ヶ月と8日、スパズムが出てきたのは1歳になってすぐだった)ウエスト症候群ではない、と言った。でも、点頭てんかんだ、と言った。⇦ウエストと点頭てんかんは同じだと思うのだが。
点頭てんかんだ、予後不良だ、しかもウエストではないからACTHは効かないだろう、と言われ、毎日毎日病室で泣いていた。
退院し、発作が単発になったが、それでも1日何回もある発作。
毎日、発作を起こすりょんりょんを育てるのが辛かった。
ハラハラ、ピリピリする日々。
誰に話しても、きっとこの思いは伝わらない。
静岡に入院するまでは、なかなか同じように悩み苦しむ母らに出会うこともなかった。
静岡で長期入院し、ドラベ症候群の子にたくさん出会った。
歩けるけれど、緊張が低い独特の歩き方はりょんりょんと似たところがあり、発作の形は違うけれど頻回な発作や危険を伴う発作に、同じように苦しんでいる母らと話すと共感できることが多かった。
ドラベの子らも長期入院が多かったから、一緒に過ごす時間も長かったのかもしれない。
脳症後遺症でフラフラ歩けて、知的重度で、発作が危険、という子らに会うことの方が少なかったかな。
難治中の難治。
てんかんの中でも、重積発作と転倒発作は日常生活がまともに送れないから、どうしても止めたい発作だと思う。
うちはドラベではないけれど、りょんりょんが発作に苦しむときに、一番相談に乗ってもらうのはドラベのママらが多い。
的確なアドバイスをくれるので頼りにしている。
いつもありがとう。
私は祈ることしかできないけれど、発作で苦しんでいるすべてのてんかんっ子とその家族が笑顔の毎日を過ごせますように…。
難治てんかん仲間として、応援しています。