ウィスタリアの城下を、白やピンクの花々が華やかに彩る。
もうすぐジューンブライドの季節が訪れようとしていた頃…―
ジル「明日からは特別な公務があります」
ジルがチェストの引き出しに手をかける。
ジル「もうすぐ結婚に意識が高まる季節ですが、貴女はまだ次期国王候補を決めていません。そこで…」
引き出しの閉まった音がすると、ジルはすっと私に、自分の手を差し出した。
ジル「いつか迎える結婚生活に支障がないように、3日間だけ予行練習をして頂きます」
ジルの手には、ベルベット生地で作られた小箱があった。
ジル「選んでください。3日間だけ、貴女の夫となる方を」
差し出された小箱を手にすると、私は目を瞬く。
(夫を選ぶってことは、これって……)
リボンをほどき、開けてみると、そこには、2つのエンゲージリングが輝いていた…―
小鳥のさえずりが聞こえる、ある午後…―
ロベール「…ああ、もうそんな時期か」
紅茶を淹れるロベールさんが、私の話に耳をかたむけ目を細める。
ウィスタリアではこの時期、永遠に結ばれるようにと、恋人と一緒にドレスを作る習慣があった。
ロベール「そういえば、もうひとつ言い伝えがあるの知ってる?」
「もうひとつ…?」
ロベール「恋人とピンクのリボンを結び合うと、リボンは解けなくなって、2人の絆が深まるらしいよ」
私は、首を傾げる。
「リボンはどうなるんですか?」
ロベール「愛し合えば、ほどけるんだって」
(愛し合うって……)
思わず頬を染めると、ロベールさんが笑う。
ロベール「本当かどうか分からないけどね」
そして紅茶を淹れたカップを私に差し出した。
ロベール「どうぞ」
「ありがとうございます…」
(そんな事、本当にあるのかな…?)
思いながら、紅茶に口を付ける。
この時の私には、これから彼と甘いひとときが起こるなんて、想像もしていなかった…―
――…風に乗って甘い花の香りが届く午後
私はクロードから受け取った綺麗な瓶を見つめた。
「これは香水…?」
クロード「取引先からもらったんだ。これを女性から男性に贈るのが、城下で流行ってるらしい」
「え、普通逆じゃないの…?」
香水瓶から視線を外してクロードを見上げる。
クロード「女性から贈るのが流行っているのには、理由があってな。この香水をつけると、本音が隠せなくなるらしい」
「本音が隠せなくなる…?」
クロード「好きな人の心は、気になるものだろ?」
(確かにそうだけど…)
「でも、香りをかぐだけで本当にそんな効果があるのかな?」
クロード「本当かどうかは俺もわからない。けど…」
クロードはにやりと口の端を持ち上げた。
クロード「試してみる価値はあるかもな」
…………
(本音を隠せなくなる香水か…)
窓からの陽差しを受けてきらめく香水瓶を見つめながら、夜に彼と一緒に過ごす約束をしていることを思い出す。
(私もあの人に贈ってみようかな…?)
夜になり、部屋で彼が来るのを待っていると扉の開く音がした…――
――…行き交う人々の賑やかな声があふれる広場
視察のため、私は憧れの町ロンドンへ来ていた。
(町を歩いているだけで、すごくわくわくしてくる…)
ユーリ「楽しそうだね、ユウナ様」
「うん。ずっと来てみたいと思ってた場所だから、すごく楽しい」
ユーリ「それじゃ、色々行ってみたいところがあるんじゃない?」
「そうだね。見て回れたら嬉しいけど…」
(でも、公務があるし今回は無理だよね)
ユーリ「そんなユウナ様に、いいお知らせ」
ユーリはにっこりと笑った。
ユーリ「午後からの公務は全部、お休みだよ」
「え…本当に?」
ユーリ「うん、いつも頑張ってるユウナ様にご褒美をあげようってことになったんだ。もうすぐお迎えが来るはずなんだけど…」
「お迎え…?」
首を傾げるとユーリが顔を寄せて、小さくささやいた。
ユーリ「今日はきっと、ロマンチックなデートになるよ。楽しんできてね、ユウナ様」
顔を離したユーリに、とんっと優しく背中を押されて……
???「…ユウナ」
顔を上げると、優しく私を見つめる彼の眼差しがあった…――