先日、くーちゃんが旅立ちました🌈
お時間あれば読んでやってください😌
2014年6月
多頭飼育崩壊現場から保護され、里親募集していたくーちゃん(当時推定2歳)に会いに行った。
以前、うちの子漫画にも描いたけど、とにかく怖がりで、見てる方の三半規管が壊れたのかと思うほどブルブル震えてた。
我が家にはボスの許可がないとお迎えできないルールがあるので、当時のははぅえ家ボル部取締役だったアシュリーにも同行していただいた。施設長?に許可をもらい、保護施設の周りを一緒に散歩しようと思ったけれど、施設内で何百頭もの犬らが吠えている中、ブルブルくーちゃんが自分の足で歩けるはずもなかった。
とりあえず、抱きかかえて施設から出し、アシュリーとご対面。アシュリーに全身嗅がれてる間、首元に手を添えるメガネパーマをじっと見つめる黒と青は、けたたましく吠える犬たちから離れて、少し恐怖から解放されたように見えた。
アシュリーはチェックを終え「ついといで」とばっかりに頭をクイっと後方へ向けた。
一歩二歩とアシュリーの後ろをついて歩くくーちゃんの震えは止まっていて、アシュリーの器のデカさを再確認した。
動物ってすごいな。
くーちゃんがウチに来ることが決まり、すぐにでも連れて帰りたかったけど、大阪で避妊手術して滋賀の施設に戻ってからの引き渡しと言われた。あの怖がりに、車→病院→手術→車→施設(犬いっぱい)→車→我が家……
無理なのでは?と思い、大阪で手術終わった後、滋賀まで戻らず、京都で高速降りて引き渡して欲しいと頼んだ。施設長も快諾してくれて、お腹に包帯巻いた子をファミマで引き取った。
うちの車に乗ったら震えが止まったので、アシュリーのニオイ効果なんだろうと思った。
何度でも言うよ、動物ってすごいな。
家に入ってアルマとぼーちゃんにも歓迎され、すぐにお気に入りの場所を見つけて陣取っていた。くーちゃんのへそ天を見るまで一週間もかからなかった。
主に面倒見てくれてたのはアルマで、アシュリーはそれを見守り、ぼーちゃんはぼーっとしてた。フードもしっかり食べて犬部屋のトイレでオシッコもしてくれた。…が💩の確認ができない。数日経っても💩が見当たらない。オシッコはペットシーツに染み込んでる。ちゃんと食べてるのに💩出てない?おかしい。でも本にん、ごきげん。なぜ?
…💩食べちゃってたよね。
出たらすぐに食べる。
なるほど、確認できねぇわけだ。
その日から、ははぅえの鬼監視が始まり💩は即回収。同時に決行していた「こんな美味しいもんあるんやで作戦」も功を成し、数ヶ月後には💩に興味を示さなくなった。
スイーツ女子が爆誕したのも、この頃となる。
保護されるまでの間、糞尿食べてでも生き抜いてたんだろうな。
必死で、その「生」にしがみついてくれててありがとう、と、心の底から感謝した。
いやほんまに、動物ってすごいな。
くーちゃんがウチに来て2年経った。
2016年6月
エアコン室外機と家壁の間に落ちている瀕死の子猫を見つけ救出。くーちゃんが拾った命は「生きる」を頑張った。目も鼻もほぼ塞がって苦しい状態だっただろうけど、必死でミルクを飲んでいた。元気になった茶トラの子猫は、その後もくーちゃんが大切に育て、ウチの初代猫になった。
同年10月
兄妹のように過ごしていた ぼーちゃん(4歳)が逝ってしまった。毎日毎日、鳴きながら ぼーちゃんを探す姿は、見ててつらかった。
2020年6月
ボスのアシュリー(10歳)が逝ってしまった。この時は特に不安がったりする様子は見られなかったけど、ひとりでお外に出れなくなったのは、この時期からだ。
アルマとくーちゃん、個々のペースで楽しむ時間を作ろうと、別々でお散歩に行ってみたら、途中で犬に遭遇して腰を抜かして叫ぶように鳴き、震えて動けなくなってしまった。
数百メートル先の家に帰るまで一時間以上かかった。アルマと一緒じゃないとお散歩は拒否するようになった。ボスの存在はデカかった。
去年2023年10月。
アルマ(11歳)も逝ってしまった。
くーちゃんの精神状態がどうなるか不安だったけど、大きい変化はなかった。ただ、お庭以外、お外は拒否するようになった。お家で猫たちとゴロゴロしたり遊んだり、楽しそうにしてた。
アルマは一年くらい介護生活してたからかな?くーちゃんなりに色々気持ちの整理ができてたのかもしれない。
一年が過ぎた今年2024年10月。
嘔吐、下痢を繰り返すようになっので、柔らかく消化の良い食べ物に切り替えたが、徐々に食欲も落ち始めた。食べたいと言うものを食べたいだけ用意してたけど、翌月にはそれも拒否するようになり、少量でも吐くようになった。
体が拒絶しているなら、そういうことなのだろう。幼少期、強制的に食事を取らされていたことがあるので、強制給餌は選択肢に無かった。与える側にもそれなりの思いがあるのだとは思うけど、体が受け付けないのに食べさされる…あんなツラいことはなかったから。
11月中頃、お庭でオシッコした後に踏ん張りがきかず転倒。この日から補助無しで立ち上がることが難しくなった。
11月末、チーたらを5本食べてゴキゲンだった。なとりのチーたら。くーちゃんが自ら口にした最後の食べ物だった。前日に食べたショートケーキもこの日は口にしなかった。乳製品大好きスイーツ女子が最後に選んだものにしては、なかなかシブいなと思った。
12月。出張で家を空けることが多い夫氏だが、前半は珍しく出張の予定がなく、その分後半はほとんど家には入れないようなスケジュールだった。
「きっと二人で見送ってあげれるね。くーちゃんは色々考えてくれて、ちゃんと日を選んでるんだね。ありがたいね。」なんて話してた。
水だけしか口にしない日が続いた。
経口補水液は少し飲んでくれるけど、あからさまに嫌がる。最終的には毎回シリンジをチェックするようになったので混ぜるのを断念した。
一週間が経った。毎日美味しいものを嗅がせたりほんの少し舌に付着させたりしたけど、嫌がり方が尋常じゃない。ベェっベェっって舌を手で擦るレベル。匂い&付着作戦も断念した。水だけしか飲んでないのに、不思議なくらいゴキゲンに過ごしている。
くーちゃんのかかりつけ医に電話して状況を話したり、猫らのお薬もらいついでに、そっちのかかりつけ医にも話してみたりしたが「老衰の流れですね。そろそろ体力も無くなる頃だと思います。側に居てあげてくださいね」と、同じ回答。
そうね、そうよね、わかってるんだ。
わかってるんだけどさ…。
無力な自分との戦いだった。
くーちゃんの命。
その命の使い方は、くーちゃん自身が決めること。人間如きがその「生」に介入していいわけがない。ましてや、こちらの思いを押し付けようなんて、思い上がりも甚だしい。
わかってるっちゅうねん。
わかってるーっちゅうねん。
ちょっと黙ってくれ…
オロオロ騒ぐな、オレの中の俺よ。
二週間以上が経った。
長女が頻繁に会いに来てくれて、くーちゃんはゴキゲンだった。
「ここまで来たら、もう精神の問題。くーちゃんの中の何かしらの思いが『生きる』を継続させていると思う」
なるほど、深い。
精神医療の現場で働く長女と話していると、少し気持ちが軽くなった。
全く先がわからなくてオロオロしてた自信の心を「妖怪の域に入ったとしても、それはそれでいいか♡」とファンタジーモードに切り替えた。
翌日2024/12/18
この日から正月明けまで、夫氏は仕事でほぼ家に帰れないスケジュール。帰って来るまで待っててくれるかな…と思いながら出張に出る夫氏。
7:30大好きな ちちぅえを「いってらっしゃい」って見送ったくーちゃんは、その30分後、あっさり逝ってしまった。
そうか、そういうことか。
「見送ってあげられる」なんて言ってたけど、そんなもん所詮はこっちの自己満足よな。
くーちゃんは一緒に過ごせる時間を、目一杯一緒に過ごしたかったんやな。
なるほどな。
なるほど。
くーちゃんは、くーちゃんの命を自分自身のために全力で使い切り、旅立った。
最高の生き様だった。
自分のことを振り返る。
最終的に、人間の感情を押し付けて「人間のための生き物」として愛するのではなく、その生き物の命のためだけに隣で愛を垂れ流すだけの役立たずな人間でいれたと思う。
くーちゃん自身の命の使い方をサポートできたのではないかと思う。
正直この密着20日間は、オロオロしてカッコ悪かったし、夫氏や娘ら、X🔑民がいなかったら、ポキッと折れてたと思う。
ダサダサ人間を支えてくれてありがとう。
ぼーちゃんから「死」を学び
アシュリーから「器」を学び
アルマから「純」を学び
くーちゃんから「生」を学んだ
2010年にアシュリーが立ち上げ、大切に築き上げてきた、ははぅえ家『ボルゾイカンパニー』2024年12月18日、閉業です。
お読みいただきありがとうございました┏○))ペコ