次の日、朝起きると、早速、幼稚園に飛んでいった。

3歳児なるものが、いかに、登園をぐずるものなのか、たしかめておきたかった。

あわよくば、慎吾のように奇跡がころがってくるかもしれないというたなぼたも期待していた。

駐車場に車をとめて、幼稚園の門の前まであるいていくと、

徒歩通園の子供がちらりほらりと門をくぐっていく。

保育士は、門の脇に並んで声をかけていたが、

教室がはじまるまでの間、遊具で遊ぼうと一目散の子供の背中に声をかけることになる。

そんな中、母親や父親、祖父母につれられて登園してくる子供もいる。

突然の泣き声は、母親にしがみついてぐずる子供のものだ。

見れば、3才だろうな、可愛いポニーテールの頭を若いお母さんの両足の間におしつけて、

ピーピー泣いている。

お母さんはかがみこむと女の子にはなしかけはじめた。

「お友達が遊ぼうって・・」

女の子はいやいやと首をふるとお母さんにもっとしがみつき、もっと泣き出す。

困った顔のお母さんはそれでも、女の子に説得をこころみる。

「うさちゃんがはっぱちょうだいっていってるよ」

ううん、ううん、と首をふるのが、彼女の答え。

うさちゃんってのは、きっと、園舎の前にある兎小屋の住人のことだろう。

かすかなためいきをついて、お母さんは、考え込む。

彼女にどう言えばいいのか、迷ったお母さんの顔からは

こんなことが、毎日つづいているのかは、よみとれなかった。

「里奈ちゃん・・」

たまりかねたのか、担当の保育士だろう。女の子の名前をよんだ。

とたんに女の子はお母さんの胸にしがみつく。

「うさちゃんが、おなかすいたよ~~~って、えんえんって、泣いてるよ」

保育士の言葉に女の子が保育士をちらりとみつめた。

「えん、えん・・って?」

女の子の発した言葉に保育士がすかさず答えを返す。

「里奈ちゃんがはっぱ、もってきてくれないよ~~~って、泣いてたよ」

女の子がその言葉にうつむいた。

「りなが・・はっぱ・・」

「うん。里奈ちゃん、まだかな~~~~って」

「う・・・」

迷った手がお母さんの胸元から離れていく。

「うさちゃん、おなかすいて、かわいそうだよ。あげようよ」

顎がこくりと頷きをみせると、女の子、いや里奈ちゃんは、保育士をみあげた。

里奈ちゃんの前に保育士がさしのべた手がある。

里奈ちゃんはその手に自分の手をのばした。


絶妙。まじ、絶妙。

そして、あたしも。

おそろしいもんだね。

カメラマンの習性が身についている。

慎吾よろしく、そのシャッターチャンスをあまさずとりつくしていたんだから。


そして、この里奈ちゃんが母親の胸から保育士に手をさしのべている写真を園長にみせた。

肖像権の了承をえられたら、ぜひ、ポスターに使いたいとのことになった。

保護者が安心して子供を任せられる。

酷い時には、親の都合もあるのだろう。出勤時間とか?

ー泣き叫び後追いする子供を無理やり、おさえつけて預からざるをえない場合もある。

できれば、ぐずる子供には、保護者も子供に言い含める時間的余裕をもってほしい。ー

そう、いいながら園長は、その写真に預ける側の覚悟も預かる側の覚悟もそして、当の子供の不安と期待、すべてが集約されているという。

「子供が自らの意志で登園する。ここが大事なんですよ」

多くは語らず、園長は私の写真にGOをかけてくれた。


とうぶん、かかるだろうと思っていたポスターはシャッターチャンスに恵まれ

肖像権のことさえ、許可がおりれば、あとは、パンフレット写真だけ。

これは、年間行事も折りこむつもりだから、あわてなくてもよい。

編集長もその写真をみながら、ニヤリと笑った。

「さすが、チサトだな」

はい?

「やっぱ、女性ならではの視線だな」

はぁ・・・

「慎吾がお前を薦めた訳がここか・・・」

ふむ?

「慎吾ってのは・・人を見る目も確からしいな」

あとは、編集長の高笑いになってしまったが、あたしは編集長の科白になにか、ひっかかるところがあった。

人を見る目・・・。

慎吾がいっていた「価値に気がついてる。だから、チサトに男がいなくてほっとしてる」ってのは、もう少し違う意味かもしれない・・と。

「編集長。あの、全然関係ないんですが・・質問していいですか?」

「お前なあ。なにがどう全然関係ないのかもさっぱり判らなくて、質問され、それに答えられない回答だった時、俺は答えられないんですか?って、詰問されるのも良しとするという大きな条件をつけてるってことになるの、おまえ、判ってる?」

む・・・。なるほど、くそ用心深いじゃないか。

「じゃあ、答えられない場合は、それも編集長の見解ということで・・」

「つまり、ご意見を賜りたいと、こういうことだ?」

「ええ。丁寧にいえば、そうなります」

精一杯の皮肉をこめたつもりだが、あっさりと流された。

「お前が俺の意見を聞きたいというのなら、俺は精一杯、考えるよ」

お・・・。そこまで、おおげさなもんじゃないのだが・・。


昼食に近い時間にもなっていた。

続きはランチでも食べながらということになって、近くのボックスタイプのパスタ店にくりだすことになった。

パスタが来るまでの間に手短に尋ね、手短に答えが返ってくるとふんで、

注文を終えるとまもなしに、

慎吾の科白をきりだしてみた。


編集長は、一瞬、ぽかんとした顔をみせた。

もちろん、シャッターチャンスよろしく、その表情を私がみのがすわけがない。


「あの?」

そう尋ねるだけで、編集長も自分の表情の理由をはなさなければいけないとさっしがついたようだ。

「いや・・。飯くいながら・・ってんじゃなくてさ、せっかちにたずねなきゃいけない、話がそれか・・と、おもってさ」

「あ?そうじゃないですよ。たいした話じゃないから、さっと、たずねてみようかな?って、おもっただけで・・・」

「急いてるって、わけじゃないのかもしれないけど、う~~~ん・・・」

編集長はなにを思うか、頭をぽりぽり、かきながら、あとの言葉をつまらせた。

「回答なし?って、ことですか?」

「いや、うん、まあ・・・どういっていいのかなあ」

「回答はあるけど、うまく表現できない?」

編集長という職業への沽券とプライドをつつく言い方をして、様子をみてみる。

「いや・・・。まあ、俺がいっちまっていいのかな?ってのが、あるんだけどさ・・。

まあ、たいした話じゃないって、お前が思うところにすでに、お前には慎吾のいいたい事がわからないんだろうなって思ってさ」

たしょう、ひっかかる言葉をふくんでいるが、実際、慎吾の言いたい事がわからないから、編集長にたずねているのが、事実だ。

「つまり、慎吾から実際に聞けと、いうことですか?」

「う~~~~~ん」

なんなんだろう?えらく、もったいつけてしまっている。

でも、編集長は、慎吾の言う意味合いをわかっているのは、間違いがない。

しばらく、沈黙がつづいて、編集長はグラスの水をのみほした。

空になったグラスをおくと、編集長は腕をくんだ。

「あのさ、グラスが空になったらさ、ウェイターはさ、それとなくさっして、水を注ぎにくるわけだ。つまり、慎吾がお前にもとめてるものは、何もいわずとも、水を注いでくれるってことなわけさ。だからな、俺がお前に、-慎吾は水を注いで欲しいと思ってるーと、こういってしまってさ、お前がそれをしなきゃ、慎吾はがっかりするし、してくれても、人にいわれてしたんじゃ、お前の気持ちじゃないわけだよな」

「はい?」

「だからさ、慎吾がお前になにをしてほしいかをお前が自分でつかまなきゃいけないわけだ」

「いや、ちょっと、待ってください。すでに、私は慎吾のしてほしいことをしてたってことになりませんか?まあ、皮肉にも、きこえなくもないんですが・・。いや、実際男いないし・・。

と、いうか、私が男を作らない・・・いや、正確にはもてないだけですが・・・。

それが、慎吾のしてほしいということにあてはまりませんか?」

目も当てられないという風な困った顔で編集長は私をみつめた。

「だからさ、それ、どういう意味か、おまえ、わかんない?」

「判らないから、尋ねているんですよ。話がどうどうめぐりで、おまけに私が訪ねてることをなんで、編集長にたずねられなきゃならないのか・・」

聞くだけ無駄だったかと、ため息が漏れると、編集長が口をぐっと結んだ。

この癖はよくわかってる。

言いたくないことを言う覚悟をきめる時の癖だ。

「お前、自分の事になると、鈍すぎるんだよ。慎吾はお前に惚れてるんだよ」

「・・・・・・・・」

私の口からまったく、言葉がでてこない。

奴が私に惚れてる?

まあ、言うに事欠いて、よくも・・・・・ん?

編集長、やけに真顔すぎた・・・。

「それな、慎吾のプロポーズだったんだよ。お前、見事に肩すかしをくらわせて、鼻もひっかけない、眼中にもない、って、態度とったんだろ?

それでか・・。それで、慎吾は休暇とったんだな・・」

え?は?いやいや、休暇は別件だけど・・。

しかし・・。

プロポーズ?

笑いがこみ上げてくるのをこらえたのは、編集長をこけにしてしまうと思ったからだけど、

男同士ってのは、そういう風に思うのか、

はたまた、すでに外見である、お互いの性別をあてはめてしまって、ありがちな男と女の顛末という推論をしたがるものなのか、

結局、判らずじまいなんだなと思ったところに、パスタがやってきた。

「俺もな、慎吾の好みがお前なのかと、どうも、腑におちないところがあってな。俺がそう思うくらいだから、お前自身、もっと、ぴんとこないんだろうけどさ、ちっと、慎吾のことをまじめに考えてみてやらないか?」

目が点になる以前に、ここでも、慎吾のいうところが、プロポーズだと思えない理由がならびたてられてしまった。

「確かに・・私、女として、魅力ないの、わかっていますし、慎吾にも、何度かはっきり、言われてますから、まあ、その、どう考えても、プロポーズだとは、思えないんですよね」

明太子パスタをフォークにからめはじめながら、編集長はぽつりとつぶやいた。

「慎吾のこと、男と思ってないからだろ?」