朝、目覚めると、即、幼稚園に出向。

奴はいつ、出かけるのだろうかとふと思う。

有給休暇が2週間ちかくあるだろう。

休日をはさむと、20日ちかい休みが取れる。

海外への取材旅行はもっぱらあいつが担当してるから、
あたしは、めったに海外なぞでかけられない。

場合によっちゃあ、あいつは、そのまま、次の拠点にむかうときがあるから、2~3ヶ月かえってこないなんてこともある。

しかし、休みもらえるんだろ・・?

待てよ。

あいつがいない間、あたしが穴埋めにつかわれる可能性もある?

ありえるなあ・・・。

外国もいいけど、行く場所によりけ・・り。

おっと、ここだ。

けっこう、でかい幼稚園。
まだクラスのなかにはいる時間じゃないんだろう。
遊具にもぶりついてる子がいる。

しつけが行き届いていて、車をおりたあたしをみつけて、「おはようございます」なんて、いう子がいるかとおもえば・・。

前言撤回。

「おお!!戦場カメラマンだ」
カメラを持ってりゃ、戦場カメラマンかよ?

まあ、ちびのいうことだが、当たっているともいえる。
こんなちびが山ほどいるんだろう。
まさに戦場だ。

遊具をつきぬけて、受付を捜す。

あれかな?

入園願書受付・・って看板がみえる。
年がら年中受け付けてる?
わけないか・・。

受付の中に入っていくと、カメラで察したんだろう。
どうぞと、応接室に通された。

やがて入ってきたのが園長?

かなり若い。それに女性。
若くなけりゃ驚かなかったんだと思うけど、
そこで、話がはじまった。

まずは、クライアントの意向を確かめなければ成らない。
幼稚園の教育・・・ん?保育?方針もポスターイメージを決めていく。
協調性とか重んじるなら、大きな行事とか、遠足に行く時とか?
まあ、こういう「みんなでなにかやる」ってのが素材になる。

名刺を渡し、園長先生からも、名刺をいただく。

園長先生の開口一発。
一番じゃない。まさに一発。
「あの、私、幼稚園制度には反対意見なのです」
へ?
って、あなた、園長でしょ?保育に情熱をかけてるとかならわかるけど・・。
まるっきり、反対のことをいいだした。
何がいいたいんだろう?

「本当は就学前までは地域でみんなで遊んだり、家族と一緒にすごすのが
一番だとおもうのです」
はあ・・・。
そんなこといったって、このご時世、親も働かなきゃくっていけないし、
核家族で、子供ひとり家においておくわけにいかなくて、
まわりもみんな幼稚園にいってしまったら、
ひとりぼっちになる・・し・・。
「ところが、保護者が職についていたり、諸事情で子供を幼稚園に預けなきゃいけない場合もあります。地域の子供たち同士で遊んでいくのが、良いとおもうのは、縦の関係があるからです。幼稚園は横の関係といっていいでしょうか、同じ年の子ばかりがいる」
そりゃ・・そうだけど・・。
「幼稚園では、3歳児・4歳児・5歳児をあずかるわけですが、
この子達が縦の関係がつくれないのですよね」
う・・ん。まあ、そうだよね。まだ、預けられてるわけだし・・
こ~~んなちびっ子がごっちゃくたになってたら、むつかしいだろうし・・。
「ただ、4歳児・5歳児なら、それは可能なんです」
はあ?
3歳児はだめ?
なんで?

「3歳児と4、5歳児の違いが、はっきり、わかるのが、「遊び」の時間ですね。3歳児はお友達と一緒に遊ばない事が多いのです。自分の好きなことをしているだけで、たとえば、砂場でトンネルを作る子、お花を見てる子というふうにそれぞれ勝手にあそんで、お友達はそこに誰かいるだけ。ところが、4歳児になると、砂山で誰かがトンネルを作り始めると、手伝いはじめたり、別のグループは、砂山をこわさないようにむこうであそびだしたり・・・。
ようは、社会性と協調性が確立するのです」
なんだか、なにがいいたいのか、わからなくなりながら、話を聞く。
「マウス実験がありますよね。そのマウスの一方は親マウスとそのまま一緒にして、もう一方はうまれてすぐに親から離して育てます。成人したあとにストレスを掛ける実験をします。親と一緒だったマウスはすぐに元気になるのですが、親と離したマウスは酷い場合ショックで死ぬことさえあるのです・・」
つまり・・なにがいいたい?
「ストレス、それが、幼稚園だとおもうわけです」
そ・・それをいっちゃあ・・・。
「もちろん、3歳まで親のところにいたわけですから、親と離れていたわけではありません。けれど、この親と離れるタイミングが、3歳では、むつかしいのではないかと思うのです。3歳児はお友達が居るだけでいいのです。別々のことをしていても、「居る」だけです。それは、4歳くらいまでの子供が親にたいしてもそうだといっても過言ではないのです。いつも、親が「居る」ことを確認して「安心感」をえている。それが、マウスの実験のように大人になってストレスを感じた時、それに耐える力が薄くなる。安心して育ってないのです。
その3歳児がお友達に対し、「擬似安心感」を得ようとしているわけで、
ここからすでに、ストレスと不安を作っているんじゃないかと思うわけです。
4歳児になったら、協調性がでてくる。これは、裏返したら、親を確認しなくてもよい自立心がめばえたからこそです。この時期からならば、縦の関係も作る事ができるわけです。
3歳児を預かる制度を撤収したところで、他の幼稚園が危惧をもたず3歳保育を行うのですから、なんらかの打開策はないかと参観日・親子行事をふやしたり、連絡ノートなど密にしたり・・」
なるほど・・・。
「簡単じゃないことです。参観日などは、子供が一緒に帰ると泣き出したり。せっかく先生になじんできたところに親が頻繁に顔をだせば、子供だって、親のそばにいたいわけですから・・」

つまり、この幼稚園の方針は今のことよりも、子供の将来、先の先を考えた保育方針だということなんだ。
は~~~。
その方針がみえるポスター・・。
ロゴがほしいな・・。
あ・・。
「お分かりいただけたでしょうか?」
頭の中にはひとつの案がうかんでた。

「しばらく、いろいろ、撮らせていただいてよろしいですか?」
尋ねた言葉に園長先生の顔がほころんだ。
「やっぱり、貴女におねがいしてよかった。
とおりいっぺんの写真をとっていくばかりの儲け主義のカメラマンにうんざりしていました。貴女のように方針にみあう写真をとろうとそう申し出てくださった方ははじめてです」
手を差しのべられ、大きな握手になって、それから、園内をいろいろ案内してもらって、行事などメモして、とりあえずその日はデスクに戻った。

そして、
「編集長」
昨日のごりおしがあるから、あたしもちょっと、低姿勢口調。
「あの?幼稚園の園長先生がーやっぱり、貴女にお願いしてよかったーと、いってたんですけど・・」
半分も聞かないうちに編集長はご機嫌な顔になる。
「そりゃ、いいことじゃないか。うん、がんばってくれ」
じゃなくて・・。
「やっぱりって・・なんか、誰かがあたしを薦めてくれたっていうことじゃないのかなって」
「ああ・・。それ、慎吾だ」
奴?

奴がなんで?

「幼稚園のほうが、おまえをなざししてきたんだよ。たずねたら、慎吾から紹介されたっていうから・・慎吾・・に・・あれ?」

黙り込んだあたしに編集長までが、黙り込む。
「なんだよ?」
やっと、出てきた言葉はあたしのだんまりへの質問・・だろうな。
「いえ、なんで、や・・慎吾があたしを薦めたのかとおもって・・」
「う~~ん。まあ、慎吾のほうに頼んだのが本当かもしれないな。
だが、受けられる状況じゃなくて、おまえにふった・・」
「受けられる状況じゃない?」
「ああ、なんでもおふくろさんが入院で、おやじさんもよくない。
面倒見れるものが無くて・・急遽・・実家にかえるとかでな。
とりあえず、2週間の有給休暇。
あとは、様子次第で・・ってことになって・・」
あきれた・・・。アフリカ行きの方便にまちがいない。
「それ、いつなんですか?」
「あん?」
「慎吾がいってきたの・・」
「ああ・・今朝だ。チサトには慎吾の分もやってもらわなきゃいけない事がでてくると思うから、話しておかなきゃと思って・・・」
いたところの出鼻をくじかれて、あとさきになったが、まあ、カバーを頼むというのが、編集中の言い分。

「まあ、いいですけど」
と、いうこの科白が編集長の癇にさわったらしい。
こってり、しぼりあげられて、
やっと、解放された。

しかし、奴め・・。
思ったが最後、実行力が伴うという部分は
ますます尊敬に値するが、
アフリカくんだりまで、でかけて、はたして
納得する写真がとれるんだろうか・・・。

まてよ・・?
幼稚園の写真はもっと前からのはなしだ・・。
と、いうことは、すでにアフリカ行きをきめて、
編集長に話しをつけていた?
チサトのほうが、適任ですとかあ?

つ~ことは、あいつ相当前から
悩んでいた?

と、いうことは、奴のいう価値というのは、
幼稚園の写真をとれるあたしという意味合いだったのか?

すでに「まなざし」を認めてるってことだったってことだったのか?

だから、あたしに相談だった?

と、考えると、

え~~~と、
あたし、何をいったんだっけ・・・。

奴にいったことを思い出してみると、
奴がこっちを認めていたことを踏みにじる言い方をしていたかもしれないとも思える。

だが、いずれにせよ、自分が実感して、自分がどうするかでしか、
答えは形にならない。

今頃は飛行機か?

ドゴール空港から、のりかえて・・・。

アフリカ・・・。

あいつ、ワクチンとか、接種していったのかな?
オーストラリアから帰国して、そのまま、あたしのところにころがりこんだとしか、思えない・・。

前言撤回。

猪突猛進の馬鹿だ。

いや、オーストラリアでワクチンとかうった?

ん?

あたしはなにを奴の心配してるんだ?

ふと感じた疑問の答えを探ることをやめて編集長をみた。

エアーズロックのおおきなポスターを広げてる。

傍によって、編集長のうしろからのポスターを眺めた。

「夕日・・のエアーズロック・・にみえるだろう?」

うん?

「ところが、これは、朝日なんだな。
にび色をしてるから、夕日に錯覚する・・」

え?
あたしはまじまじとそのポスターを覗き込む。

「こんなシャッターチャンスはまずない。慎吾のすごいところはここだな。
奴の前では、奇跡がおきる」
あるいは、カメラマンの資質というものはこういうものかもしれない。
チャンスを掴み取る運だけでなく、チャンスを起こす。
何度寝ぼけ眼で朝日に浮かぶエアーズロックに挑んだことだろう。

「だけど、ポスターにはそんな説明一言もはいらない。
あるいは、夕日とまちがわれてしまうかもしれない」
その公算のほうがおおきいだろう。
「慎吾にとって、どう、眺められるか、どう受け取られるかなんて、どうでもいいことで、どこまで、自分が被写体にこだわっていくかしかでない」
「それが、写真がすべてを語る」
「お?いいことをいうな。極めたものだけが、天才と呼ばれる」
すでに天才の範疇に入った男はそれでも、まだ、なにかを極めようとしている。