「あんたさ・・。それって、ようは、思い入れをなくしてしまったってことじゃない?」
「思いいれ?」
「そうじゃなけりゃ、あんた自身の存在が希薄になってんのよね」
「希薄?」
「あんたさ、類希な才能があるんだよね。だから、何でも、物になってしまって、撮れて当たり前。俺の才能でこなせないものは無い。あるとすれば、あんたがいったように写真自らすべてを語るもの。あんたが超えられないものをつきつけられて、あんたは初めて、壁にぶつかったわけよ。そして、楽にこなしてきたから、今まで、何をしてたんだろうって悩む」
事実でしかない。
「天才のもろさってのが、そこなのよね。努力して、掴んだものは自分のスキルになる。そのスキルが自分の対戦相手なわけだけど、あんたには、対戦相手が無い」
「俺・・・なんか、決定的にかけてるってこと・・か」
「だね」
一言で片付けられて、奴は頬杖をついた。
「思いいれ・・か」
「そうだね。あんたはサングラスとかテーマとかいうけどね、あたしは、女の子が夕日のモスクより、子犬に夢中だったのがよかったんだ。壮大な風景にさえ目もくれず、自分の「思いいれ」のあるものに夢中になれるってのがね、
壮大なものをしっかりふみしめて、なおかつ、自分の思いに夢中になれる。
それが生きてるってことに思えたんだ。だから、大きなモスクに小さすぎる女の子でも、女の子のほうが存在感が大きくなる。
その無機質と躍動の取り合わせを、感じ取ってくれる人間がいるかどうかなんか、どうでもいいんだ。あたしは、自分の思い入れを映しこむ。
それができるから、あたしは、自分に希薄さを感じない。
写真に何を感じてくれるか、テーマがあるか、そんなことどうでもいい。
あたしは、自分がどんな、まなざしをもつかだけしかないんだ」
いいおわってから、ぺろりと舌をだした。
「なんていってるけど、あたしもあんたの話をきいて、たった今そうだなって、自覚したんだけどね・・」

あたしの科白に奴が返した言葉にあたしは、あきれた。
「俺、アフリカにいってこようと思う・・」
「なに?難民キャンプにでもいこうって?」
図星だったんだろう。
口の中でごにょごにょ、なにかいってた。
「で、人道的テーマで撮ってみるって?」
「う・・うん」
切羽詰った天才はわらをも掴む思いなんだろう。
それも、こいつにとっては、いい経験になるかもしれない。
「で、それで、写真がすべてを語るものを撮れるわけ?」
止めてやめるような根性なら、やめたほうがいい。
あたしの口が酸っぱいを通り越して辛らつになってくる。
「そこで、ワクチンがまにあわず、死んでいく子供にシャッターを押す。
あんたにできる?」
「・・・・・」
「できるあんたなら、もう二度と、此処にこないでほしいわね」
「チサト?」
「自分の身の回りにあるものひとつの価値もみいだせない人間が
死に行く子供を映すなんてできゃしないよ。
できない人間がシャッターを押すなら、もう、2度と顔をみたくない」
「わかった・・・」
奴は立ち上がって荷物をまとめだした。
「それって、あたしの言うとおりって意味?」
「そうじゃないさ。でも、身の回りにあるものひとつの価値にさえ、気がついてない思われてるのが心外なだけ」
「でも、その通りじゃない?だから、アフリカまでいく・・」
「俺さ、自分がシャッター押せる人間か、そうじゃないのか。
押したとして、
そのままを映しこめるか、どうか、それさえ、今は判らないんだ。
だから、それをたしかめにいきたいのと・・・」
奴が言葉を切った。
「俺は、ちゃんと、価値にきがついてる」
洗濯機までいくと、奴は乾いた服をきはじめた。
きがえおわると、
リュックとカメラバッグをかつぎ、玄関にむかった。
「だから、俺はチサトに男ができてないって、ほっとしてる」
え?
捨て台詞だけが残って、奴がでていった。

今、奴がいった意味はどういうことなんだろう?

追いかけてたずねあわせたい気もしたが、やめた。
あたしだって、自分の言ったことに信念がある。
そして、奴自身が「なにか」を自分でみきわめるしかない。

写真がすべてを語るものをとれるかどうか、
それより以前に
奴はカメラマンに徹せる自分かどうかを見極めたいんだろう。

カメラマンに徹せる自分を見つけたときと
カメラマンに徹せ無い自分をみつけたときと、
いずれの場合にしろ、
あいつは自分をどう結論づけるんだろう?

そして、あたしは、奴をどういう目でみるんだろう。

ふと、ため息がもれる。

なんだっけ?

えっと、身近なものの価値がわかってるから、
あたしに男がいなくてほっとした?だったよな・・。

それはなんだ?

あたしがあ~~ぱ~~な生き方をしてないから、
まじめにいきてる女もいるんだってことかいな?


あんた?それ裏返したら、

あんたの周りには、ろくでもない女ばっかりいるんだってことになるじゃない。

で?

あたしくらいの人間が価値になる?

は~~~~~~。

レベル低い。

ましてや、あたしも、そんな気になる男がいないだけで、
これまた、ひっくりかえせば、もてないせいであり、
たまたま、もてないのも、重なって、男・・知らないわよ!!
あんたの言う通りよ。

たんなる偶然でしかない「男、知らない女」が、
価値になる?

笑いたくなる以前に、
あんたのレベル設定がなさけなくなる。

・・・・・・。

寝よ。

明日はぴゃ~ぴゃ~うるさい、幼稚園児相手にしなきゃいけないんだ。

幼稚園の入園パンフレットとポスターの写真・・・。

明日・・・晴れるといいな・・。